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祝 小学校入学
4月5日、娘は無事、小学校の入学式を迎えました。
今年は桜が遅れたので、ちょうど満開の入学式かと思いきや、逆に遅すぎて、横浜では7部咲きぐらいでした。
娘の通う小学校では、始業式をして11時からの入学式でした。
娘の通学路は、通用門?裏門?からなのですが、入学式の日ぐらいは、と、正門に回って写真を撮りました。業者さんが来ていて、正門や、入学式の様子、教室の様子など写真を撮っていました。(後日、1枚100円、集合写真は800円で販売。最近はこうなっているんですね!)
ランドセルをしょってきていた子が多く、「え?」とうろたえた私。皆さん、記念に、ということでしょわせてきたみたいでした。
クラスを確認して受付を済ませ、子供たちは教室に。うちの子は1組でした。同じ幼稚園からきた唯一のお友達は同じクラス。よかった〜。仲良しのご近所さんは2組。残念。
1組の教室。机の上に、大きくひらがなで、名前が書いてある。緊張した面持ちで、机に座る娘。写真を撮っても笑顔なし。固まってる。
式がはじまるので、保護者は体育館へと促される。
増築をしたらしく、迷路のよう。覚えるまでは迷いそう・・・。
入学式が始まる。新1年生の入場。誇らしいような、恥ずかしいような表情。
感慨深いものがありました。あんな小さな赤ちゃんだった子が、小学校に上がったんだな・・・と思うと・・・。(うるうる)
式で、横浜市の歌を歌う場面があったんだけど、「し、知らない・・・」。たぶんほとんどの人は知らなかったに違いない。歌詞も書いてなかったし。
校歌はこれからぼち覚えていくことになるんでしょう。創立102年目を迎える小学校だけあって、
・・・秀麗千古み国を鎮め・・・
・・・百船千船(ももふねちふね)み国を富ます・・・
と歌詞も歴史を感じさせます。船が出てくるところは横浜っぽいですね。
朝、出かけるとき、「お名前呼ばれたら、大きな声で『はいっ!』てお返事するんだよ」
と言い聞かせていたのに、式では名前は呼ばれませんでした。名前呼ぶのは卒業式だけでしたっけ??
入学式は厳かに・・・と言いたいところですが、3歳ぐらいのおちびさんが、きゃーきゃー言いながら体育館を走りまわり、そんな雰囲気ではありませんでした。
ま、式も無事終わり、教室に戻って、担任の先生からお話。
このとき、はじめて先生から名前を呼ばれて、「はい」とお返事してました。
緊張も解け、少し笑顔も見えました。
教材等を受け取り、帰途につきました。
主人の両親は、都合で来られなかったけど、実家の母は式に参列。
「何十年ぶりに、ああいう式に出られてよかった」と言ってくれた。孫の成長を見せられて私もうれしかった。
これからたくさん、楽しいことがありますように!
Mちゃん。小学校入学、本当におめでとう!!
今年は桜が遅れたので、ちょうど満開の入学式かと思いきや、逆に遅すぎて、横浜では7部咲きぐらいでした。
娘の通う小学校では、始業式をして11時からの入学式でした。
娘の通学路は、通用門?裏門?からなのですが、入学式の日ぐらいは、と、正門に回って写真を撮りました。業者さんが来ていて、正門や、入学式の様子、教室の様子など写真を撮っていました。(後日、1枚100円、集合写真は800円で販売。最近はこうなっているんですね!)
ランドセルをしょってきていた子が多く、「え?」とうろたえた私。皆さん、記念に、ということでしょわせてきたみたいでした。
クラスを確認して受付を済ませ、子供たちは教室に。うちの子は1組でした。同じ幼稚園からきた唯一のお友達は同じクラス。よかった〜。仲良しのご近所さんは2組。残念。
1組の教室。机の上に、大きくひらがなで、名前が書いてある。緊張した面持ちで、机に座る娘。写真を撮っても笑顔なし。固まってる。
式がはじまるので、保護者は体育館へと促される。
増築をしたらしく、迷路のよう。覚えるまでは迷いそう・・・。
入学式が始まる。新1年生の入場。誇らしいような、恥ずかしいような表情。
感慨深いものがありました。あんな小さな赤ちゃんだった子が、小学校に上がったんだな・・・と思うと・・・。(うるうる)
式で、横浜市の歌を歌う場面があったんだけど、「し、知らない・・・」。たぶんほとんどの人は知らなかったに違いない。歌詞も書いてなかったし。
校歌はこれからぼち覚えていくことになるんでしょう。創立102年目を迎える小学校だけあって、
・・・秀麗千古み国を鎮め・・・
・・・百船千船(ももふねちふね)み国を富ます・・・
と歌詞も歴史を感じさせます。船が出てくるところは横浜っぽいですね。
朝、出かけるとき、「お名前呼ばれたら、大きな声で『はいっ!』てお返事するんだよ」
と言い聞かせていたのに、式では名前は呼ばれませんでした。名前呼ぶのは卒業式だけでしたっけ??
入学式は厳かに・・・と言いたいところですが、3歳ぐらいのおちびさんが、きゃーきゃー言いながら体育館を走りまわり、そんな雰囲気ではありませんでした。
ま、式も無事終わり、教室に戻って、担任の先生からお話。
このとき、はじめて先生から名前を呼ばれて、「はい」とお返事してました。
緊張も解け、少し笑顔も見えました。
教材等を受け取り、帰途につきました。
主人の両親は、都合で来られなかったけど、実家の母は式に参列。
「何十年ぶりに、ああいう式に出られてよかった」と言ってくれた。孫の成長を見せられて私もうれしかった。
これからたくさん、楽しいことがありますように!
Mちゃん。小学校入学、本当におめでとう!!
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6さいのばらーど
最近の私のお気に入り。
6さいのばらーど
NHK『みんなのうた』で流れている歌です。
聞いていると、クスッと笑えたり、へえ、いろいろあるんだね〜・・・と思ったりするけれど、なんだかほのぼのとしてきます。
うちの娘もちょうど6歳。
となりで、めるちゃんの着せ替えをしたり(6歳だったら、ホントはとっくに卒業?)、ペットショップごっこの準備をしたりしている娘を見ながら、この小さい頭で、こんなこと考えてるのかな?なんて思うと・・・愛おしいです。←親ばか
きっと、もっと幼い頃は、「パパと結婚する!」なんて言っていた子が(うちは言わなかったけど(笑))、ちょっとお姉さんになって、そういうことをいわなくなったりする年頃なんだろうな。。。
好きな男の子が、「ふたりいます」なんてところも、とってもリアリティがありますよね。もっと大きくなると、好きな男の子がふたりいたら、ちょっと問題アリだけど、6歳だから、許されるでしょう。
「Mちゃんは、好きな男の子いるの?」と聞いてみたら、
「いない」とのお答え。 ←パパ、ご安心を。
「じゃあ、女の子は?」
「ママ!」
あ、ありがとう・・・。ママは『女の子』なのね。
5さいよりはおねえさんで、7さいよりはちいさい。
そのまんまだけど、微妙なコドモゴコロ?を表していて深いです(笑)。
まだ聞いたことない方は、是非聞いてみてください。(You Tubeより)
6さいのばらーど
6さいのばらーど
NHK『みんなのうた』で流れている歌です。
聞いていると、クスッと笑えたり、へえ、いろいろあるんだね〜・・・と思ったりするけれど、なんだかほのぼのとしてきます。
うちの娘もちょうど6歳。
となりで、めるちゃんの着せ替えをしたり(6歳だったら、ホントはとっくに卒業?)、ペットショップごっこの準備をしたりしている娘を見ながら、この小さい頭で、こんなこと考えてるのかな?なんて思うと・・・愛おしいです。←親ばか
きっと、もっと幼い頃は、「パパと結婚する!」なんて言っていた子が(うちは言わなかったけど(笑))、ちょっとお姉さんになって、そういうことをいわなくなったりする年頃なんだろうな。。。
好きな男の子が、「ふたりいます」なんてところも、とってもリアリティがありますよね。もっと大きくなると、好きな男の子がふたりいたら、ちょっと問題アリだけど、6歳だから、許されるでしょう。
「Mちゃんは、好きな男の子いるの?」と聞いてみたら、
「いない」とのお答え。 ←パパ、ご安心を。
「じゃあ、女の子は?」
「ママ!」
あ、ありがとう・・・。ママは『女の子』なのね。
5さいよりはおねえさんで、7さいよりはちいさい。
そのまんまだけど、微妙なコドモゴコロ?を表していて深いです(笑)。
まだ聞いたことない方は、是非聞いてみてください。(You Tubeより)
6さいのばらーど
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お礼
前回の「小学校の給食」について、いろいろコメント・情報ありがとうございました。
この場を借りて、お礼申し上げます。
本来なら、おひとりおひとりにお返事を書くべきですが、いろいろなことが頭の中をぐるぐる回っていて、うまく言葉にできません。
まとめての大雑把なお礼で申し訳ありません。。。
もともと、給食は、貧しかった時代、子供の栄養の確保や栄養状態の向上を目的としてはじまったのでしょうが、今回はその根本の「栄養」とか、「健康」という点が忘れ去られていたようで、とても悲しく思いました。
もし、給食が、子供の健康を損なうようなら、それは本末転倒といわざるを得ませんよね。
SIさん;「たったひとりのために」ができなくて、私たちはいったい何ができるのでしょうか。何かをする、何かしたいは、まずだれか一人のために出来てからだと思います。100%が難しくても、まず1%の努力がなければ、なにも動きません。
SIさんのコメントにもありましたが、「たったひとりのために」は、何もしたくないという人が、かけがえのない「たったひとり」が集まった「みんな」のために何ができるのでしょう。アレルギーや給食のことから離れても、それはすべてのことにいえることだと思います。学校がそういう姿勢で動くところだとしたら大変残念です。
皆さんからいただいた情報を駆使し、これから関係諸機関と相談しながら、進めていきたいと思います。
本当にありがとうございました。
この場を借りて、お礼申し上げます。
本来なら、おひとりおひとりにお返事を書くべきですが、いろいろなことが頭の中をぐるぐる回っていて、うまく言葉にできません。
まとめての大雑把なお礼で申し訳ありません。。。
もともと、給食は、貧しかった時代、子供の栄養の確保や栄養状態の向上を目的としてはじまったのでしょうが、今回はその根本の「栄養」とか、「健康」という点が忘れ去られていたようで、とても悲しく思いました。
もし、給食が、子供の健康を損なうようなら、それは本末転倒といわざるを得ませんよね。
SIさん;「たったひとりのために」ができなくて、私たちはいったい何ができるのでしょうか。何かをする、何かしたいは、まずだれか一人のために出来てからだと思います。100%が難しくても、まず1%の努力がなければ、なにも動きません。
SIさんのコメントにもありましたが、「たったひとりのために」は、何もしたくないという人が、かけがえのない「たったひとり」が集まった「みんな」のために何ができるのでしょう。アレルギーや給食のことから離れても、それはすべてのことにいえることだと思います。学校がそういう姿勢で動くところだとしたら大変残念です。
皆さんからいただいた情報を駆使し、これから関係諸機関と相談しながら、進めていきたいと思います。
本当にありがとうございました。
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小学校の給食
横浜に引っ越してきて、市役所に転入届を出して・・・といろいろ手続きがありました。
娘は来年4月に小学校入学。引っ越し前に新入生の健康診断が終わってしまっていたので、個人的に小学校に挨拶に行くようにいわれました。
小学校は歩いて5分ぐらいのところ。どんな小学校かな? どんな校長先生かな?と娘と話しながら、うきうきと小学校に向かいました。
校長室に通され、校長先生、保健室の先生、そして管理栄養士?さん(給食の献立を考えてくれる方)の3人が応対してくれました。
いろいろな確認事項が済んで、いよいよ給食の話。うちの娘は食物アレルギーがあるので、給食がどうなるかが最大の関心事。
「今現在、乳・卵・小麦の除去食をしているのですが・・・」と切り出した。
栄養士さんが「そうですか・・・。じゃあ、シチューとかもだめですね・・・。パンも食べられない可能性があるんですね・・・」という。横浜では週のうち、3日がパン、2日がご飯とのこと。
「そうなんです。。。あのう・・・、パンの代わりに、おにぎりを持たせる、ということは可能でしょうか?」と訊くと、
困ったような様子で「う〜ん。・・・校長先生の判断になりますね」といわれました。
すると校長先生がすかさず、
「学校では基本的に給食です。もし、食中毒が出たとき、それが家庭から持ってきたものが原因か、給食のものが原因かわからなくなる。そうすると、3日間、学校給食をとめて、消毒をしなければならなくなる。たったひとりのために学校給食をとめるわけにはいかないんです」
といいました。
(え? 最悪のケースを考えておかなくてはならないとはいえ、食物アレルギーを持つ子の親はたぶんかなり気をつけて子供の食事を作っている人が多いと思われますが、食中毒を起こすことが前提ですか?? しかし、それこそ、たったひとり食中毒が出ても、保健所から人が来て、学校給食が止まるのでしょうか??)←心の声
それを聞いて、私は思わず
「え〜っと、じゃあ、給食で食べられるものが仮に50%だったとしたら、午後の授業の間は空腹を我慢しろということですか?」と聞くと
「そうです」というお答え。
私は耳を疑いました。これが仮にも教育者の言葉でしょうか?
校長は、学校を管理する立場の人だから、仕方がない部分もあるでしょうが、こどもひとりひとりを大切にする、という視点はまったくないようでした。
「じゃあ、それが10%でも、我慢しろってことですね?!」という言葉は、ぐっと飲み込んで、そのあともにこやかに会話。1年生の場合、午後の授業は少しで、帰宅後のおやつで十分に対応できるかもしれないし・・・と心を落ち着ける。
栄養士さんが、「牛乳がだめな場合、麦茶なら出せます」とおっしゃいました。
それを聞いて、栄養面を考えて「え〜っと、じゃあ、それを豆乳に変えてもらうということはできますか?」となにげに聞いてみたところ、(笑顔でね!)
「今(来年度から?)は、給食費の未納者対策で、給食費は全部横浜市で集めるので、食材はすべて横浜市が一括購入する形になるんです。各校が独自に食材を調達していたときは、それも可能だったんですが、来年度からはそれはむずかしいんですよ」
と、校長。
そうなんだ。そういう事なら仕方ないか・・・。と思ったそのあとに、
「横浜市の小学生は28万人(うろ覚え)いるんですよ。ですからねえ、○○小学校の
たったひとりのために、豆乳を買うことはできないんですよ」
・・・またかよ。
「たったひとりのために」って、2回も言われちゃったよ。
校長は50代男性。小麦と乳と卵を除去すると、普通に食べられるものがどれだけになるのか、たぶん想像もつかないんだろう。うちの娘は110センチ、16kg。小柄でやせっぽち。けっしてりっぱな体格ではない。食べられるものが制限されているので、1回の食事はいつも大切にしてきた。それを50%しか食べられなければ空腹は我慢しろと平気で言い放つ。さっきも書いたように、校長は学校を管理する立場の人なので、やってあげたくてもできないことは多々あると思う。こっちだって、すべての要求をのんでほしいと思っているのではない。でも、言葉の端々に「ひとりひとりのこどもの健康よりも、学校管理のほうが大事です」という考えがありありと見て取れて、とてもがっかりしてしまいました。いろんなことが校長先生次第だと友人にきいていましたが、こんな人が校長の学校に娘を預けることになるのか・・・と暗い気持ちになりました。
しかし、今回、横浜に住むことになったのを契機に、神奈川こども医療センターを紹介していただいたので、近々受診する予定になっている。この病院は積極的に除去食の解除をしているということだったので、小学校入学までに、今よりも食べられるようになっている可能性は高い。
それに、さっそくけんかするのは得策ではない。
・・・と、考え、にこやかに会話を続ける。
保健室の先生が「まず、病院から意見書というのを取ってきていただいて、対応はそれからになります」と道筋を示してくださった。
校長「ほかに質問は?」
私「え〜っと・・・。ランドセルの色は何色が多いですか??」
校長「ははは。いろいろですよ。じゃあ、教室を見に行きましょうか」(ほっ。場が和んだ)
校長先生が学校の中を少し案内してくれ、1年生と2年生の教室も見せてもらった。ホントに最近のランドセルはいろいろなんですね。
次回は1月31日に入学説明会。それまでに、病院に行って、意見書をもらってこなければ。
そんなことをぼ〜っと考えながら、寒空の下をとぼとぼと家に帰りました。。。
その夜、だんなから電話があったので、その日の顛末を話すと、
「そんな対応のはずないよ。もし、本当にそんな対応だったら、教育委員会になぐりこむ」
おおっと! いきなり場外乱闘か??
本当は私が早速そうしたかったけど(笑)、解除が進んで、給食で十分対応できるようになるかもしれない、という望みがあるので、ぐっとこらえました。
できれば、学校と仲良く、協力しあいたいですもんね。
あと3ヶ月。少しでも給食が食べられますように。。。
しかし・・・。横浜の風は冷たかったです・・・。
【追記】
この件について別途SNS経由でいろいろコメントをいただきました。
表現などは問題もあるものもありますが、基本的にそのまま紹介します。(実名などは一部修正しています)
MNさん; いやー、おかしいでしょこの校長。おにぎり持たせるののどこがいけないのかしら。うちもアレルギーがあって小さいときは保育園で除去食を持たせてました。食中毒が出たときの対応が面倒いという理由だけで子供に半分しか給食を与えないのは完全に子供の人権侵害だと思います。けんかするのは得策ではないと思いますが、冷静に教育委員会や第三者委員会に相談すべきだと思います。アレルギーの子供は今の日本にゴマンといて、こんな対応が許される訳ないですよ。倫理的におかしい話です。
YAさん;本当に頭にきますね。こんな対応でいいわけがない!どこに訴えれば、どうすればいいのか・・・。
アレルギーの子供たちはとても多いはずなのに、皆どうしているのでしょう。
SYさん; 時代遅れな校長ですね。私だったら、「保健室登校じゃないですけど、当分の間校長室で給食食べさせて下さい、で、どれだけ食べる物が限られるのか見て学んで下さい」とか、あるいは「じゃぁ、一人だけ食あたり起こしても給食のせいにしませんって念書書けば持ち込んでもいいんですか?」とかふっかけちゃいそうですが、それは現実的ではないでしょうね…
でも、神奈川県立こども医療センターは小児医療では有名なところですし、そこに限らず除去解除の方法も色々進んでいると耳にしますので、少しでも除去食が減ると良いですね。
MTさん; 人権侵害だと思います。ああ、またこの手の話。悲しくなってきた。そして怒りも!でも横浜ならなくはない話かな。アレルギーを持つ子の親御さんはみんないろいろ苦労して交渉しているみたいです。 すごいです!!!私なら怒り狂ってしまいそう。横浜のアレルギー子の親グループを知っているのですが相談してみてもいいですか?それにしても食の多様性とか自由ってないんですかね。安全性でも疑問が。放射能に汚染された牛肉出していて後で問題になったり。でもここはクールに戦略考えましょうよ!応援するっす。
SIさん;「たったひとりのために」ができなくて、私たちはいったい何ができるのでしょうか。何かをする、何かしたいは、まずだれか一人のために出来てからだと思います。100%が難しくても、まず1%の努力がなければ、なにも動きません。 人は悲しいかな、自分がその立場に置かれるまで、気がつけないことが沢山ありますね。 校長先生は、頭はいいかもしれません。地位もあるかもしれません。でも、想像力に少しかけているところがあるのかもしれないですね。 冷静な大人の対応、さすがです。 お子さんがしっかりお昼ご飯を食べれる環境が整う事を願います。
FSさん; 日本の「お役所」の対応はまったく期待できないですね。娘が通い始めたジャカルタの日本人学校で昼食時間が20分しかないので「昼食時間をもっと長くしてほしい」とリクエストしたら、昼食時間が短いのは仕方ないということであっさりと一蹴されました。私の対応はインターナショナルへ転校でした。
MSさん; これから、長い付き合いになるであろう学校関係者ともめたくはないが、このまま私立に転校する羽目になるのもシャクにさわる。 マスコミに持ち込む? 硬いところで、NHKさんとかかなぁ。
KMさん; 私もかなり頭にきました。市長・議員へ書簡を送るなどぜひ進めてください。私もできることがあれば全面的に応援いたします。
しかしちょっと違う観点から見ても正直この校長は阿呆ですね。危機管理が全くできていません。メディアなんかが取り上げたら、校長や学校自体が大変まずいことになりますよ。
管理職にとって一番大切なのは危機管理能力です。それができないなら組織の上に立って少々高い報酬をもらう資格はありません。
TOさん;ちなみに、横浜市のホームページには「アレルギー疾患の児童対応マニュアル」
http://www.city.yokohama.lg.jp/kyoiku/kenkyo/kyushoku/allergy.pdf があって、
オニギリ持ち込みなどはもちろん許可されるし、
【(給食に関しては)実施決定基準(「第5章 食物アレルギーに対する学校給食での対応」参照)に照らし、関係職員との話し合い、給食施設の規模、給食現場の諸状況を勘案して対応を決定します。 】
とあり、マニュアル上は給食ができるよう可能な限り対応するように読めますが、、、、実態は全然違うのですね。
MSさん; これは、まなまま家だけの問題ではないですから、是非ネットワークを駆使して、賢く闘ってほしい。私も知り合いに相談してみます。
HKさん; あまりにも理不尽な学校の対応に怒り心頭でご返信を差し上げる次第です。
この横浜の学校の対応、というかこの校長の対応は信じられません。
これは冷静に教育委員会とかしかるべきところに相談すべきだと思います。
学校や校長とけんかしてもいいことはないと思うので、ここは怒りをぐっとこらえて
冷静に教育委員会に相談されるのがいいのではないでしょうか。
FMさん; 校長の対応にびっくりしました!今時食べ物アレルギーを持つ子どもたくさんいるでしょうに、給食食べられないのならお腹すいたままでがまんしろってありえません(@@)。
HOさん; 小学校のアレルギー対応について、希望に膨らむ学校生活に水を差され怒りのやり場に困っておられるのが、手に取るように、、、
既に我が子育ては終わり、孫娘が居ます。
古い話ですが、以前の我が娘の入学(公立)時、
私はフルタイムで働くワーキングウーマンでした。多くのことで校長や担任と相談することがありましたが、、中々思うように歩み寄る事が不可(学校側に)でした。
尽くせる手立てはすべて、、、位? あるフッと頭に浮かんだこと、
1) 一日24時間内で我が子供が過ごす時間は(学校内で)
低学年は4、5時間?デモどんどん学校生活の占める時間は増えていきます。
2)所詮、集団生活、管理者側に都合よく、事故の無いように仕組まれています。
皮肉をこめて(対応された校長は)、正直な人
以上の様に思い至り議論や交渉にエネルギーを使うことをやめる事にしました。
、、、、で今後の、子供の体調や学校生活を長いスパンで思う時に、単純な思考回路で
誰にでも事項可能かどうか疑問ですが、、、、?
私にとって、フルタイム生活をやめることは不可、子供の学校生活に付き添いも不可
一番大切なことは 、給食は何かの手順の狂いで命に直結する可能性も大です。
少なくとも、12年間学校給食を送る上で親子共々、物理的、精神的、負担を負うことも含めて考えると、私にとって可なりの負担になりましたが、、、私学に通わせることに決めて途中で転校しました。そのためのエネルギーもかなり必要でしたが、、、、質は、全く違いました。 健康であれば、、金銭はともかくあらゆることが解決できる可能性が広がります。
場外で戦うことはどこでも、いつでも出来ます。なるべく、子供さんに負担のかからない学校生活を、選択してあげてください。我が家の子育てはユニーク?可なり世間様とは違うようですが、娘はそれなりに大人になり結婚(外国人ですが)子育て真っ最中です。
孫娘の学校は給食、弁当、又は時々給食も選択できます。何も事故は起こっていないようです。(アレルギーの生徒が多様で人数も多い事、宗教、人種などの理由)
老婆心で余計なことを、、、と書いてしまいました。 書きながら思った事、終末医療、看取り、も、これから成長する子供たちの育て方も、どちらも ”思いやり””一人ひとり、家族の覚悟”が必要でどちらも同じ様に思います。
MUさん; 同じ横浜市内の小学校に娘が登校していますが,先ほど聞いてみたら,特別な給食を食べている友達がいるよ。と言っていました。その友達は卵アレルギーらしいのですが,きちんと別に配膳されてくるそうです。ちなみに同じく横浜市内の小学校では,支援学級の児童ですがパンが苦手ということで自宅からおにぎり持ってくるのをOKにしていますよ。
明らかに校長が面倒なことはしたくないんだな…と思われます。
教育委員会でしょうかね。
横浜って?と思うことが多いのですが,支援学級も保護者が障がいのある我が子を支援学校に通わせたいと願っても行けないのが現状です。支援学校の定員がオーバーしているらしく,障がいが重複していて重度でないと門前払いされています。なので給食のことについても然り,本当にケアが必要な児童に対するシステムが機能していないなあと思っています。
KTさん; ほんとに、腹が立ってきました。「たったひとりのために」が無理だから、空腹を我慢せよ、って…。校長たるもの、子どもの成長における食の大切さをしっかり知っていてほしいですね。空腹で授業への集中力が欠けたら学びにも影響するのに。教育を受ける権利の侵害! すてきタウンよこはま、なんだかイメージダウンです、たったひとりのせいで。
HTさん; 食物アレルギーがあると日常生活に制限がかかることが多く、大変ですね。
確認なのですが、食物アレルギーの程度はどの程度なのでしょうか?食べると喘息発作やアナフィラキシーといって入院しなければならないほどの発作がおこるのでしょうか?
というのは食物アレルギーは、程度によっては死にいたる危険な病気です。
それを防ぐのは原因物質を除去することしかありません。
また学校での対応は、個別対応が原則ですが、学校医ではなく校長に権限があります。
つまり学校長の判断で「可否」が決定されます。
学校もお役所と同じコトナカレ主義ですので、学校長が個人の判断で積極的にすすめるのは非常に難しそうです。
ですので、校長先生と個人的に交渉していても難しいと思います。
対応としては、
・医師に食物アレルギーの程度を再度確認してもらう
→ こちらのハードルを下げて教育現場と交渉します。
・校長個人ではなく、組織(教育委員会、市役所)と交渉してください。
→ むこうに譲歩してもらう
これぐらいでしょうか?
保護者個人で交渉してもなかなか難しいと思います。
EKさん; 横浜の学校給食についてです。
同じ横浜市立ですが、特別支援学校の場合は個別への対応ができているように感じます。
現在の学校でも、お子さんの摂食の状態に応じて、食事をミキサーにかけて個に応じた「粘り」にしてもらってます。
常食(普通の固形食)から、かなりの流動食まで、5段階に調理されています。
それでも食事が摂れないケースでは、家庭からの依頼に応じて経管栄養の処置も行っています。
そばアレルギーのお子さんもいらっしゃるので、そば専用のミキサーもあります。
前任の学校でも、ご飯はOKでもパンは避けたいというケースがありましたが、最初の頃はパン食の時にはご飯持参、そのうち栄養士さんがパン食のときには一人分のご飯を用意してくれるようになりました。(お母さんが大変だから、と栄養士さんが対応してくださいました。)
小規模な学校ゆえ、できているのかも知れませんが、「個に応じた教育」というキーワードは、随分前から普通校でも使われています。
MTさん; 横浜市内の友人にきいたら、「うちの娘の小学校には栄養士の他に栄養教諭がいるので、アレルギーの対応はできるかぎり対応しているはずです。また、今は低学年を中心に、放射能を心配してお弁当を持たせる保護者が増えています。その日の献立に合わせたお弁当もあれば、そうでないお弁当もあるようですよ。」だって。ホントに同じ自治体の学校???横浜、アレルギーを持つ子どもの給食対応マニュアルもあるんですね。だとするならなぜ、まなままさんちの校長はこういう対応するんだろうか?
皆さんコメントありがとうございます。
まなままのダンナです。
結構皆さん過激ですね。早くも場外乱闘状態か?(笑)
場外乱闘に私も参加させてもらいます。
昨日、横浜市の教育員会を訪問しました。当初教育委員会に電話したところ「小学校にご相談ください」との対応でしたが(小学校と埒があかないから教育委員会に連絡しているのに、、、)、紆余曲折の後、最終的には訪問し丁寧な対応をしていただきました。
ブログの内容には、「一方からの情報なので断定的には言えませんが」としながら、「学校の対応は適切ではなかった」とされました。
(今回の問題は、横浜市の問題というよりは、校長の個人的な問題のようです)
そのうえで給食に関して、
卵をいれずに卵入りスープを作る、シチューを豆乳で作るなど「除去」した料理をいろいろ工夫して給食で対応するのは可能です。但し、パン(小麦)の日に関してオニギリを提供するのは現状では難しいので、ご自宅から用意していただくのをお願いしたい。
との話でした。普通に納得できる話でした。
但し、
「牛乳の代わりに豆乳の提供」に関しては、今年度までは各学校で材料調達をしていたので柔軟に対応ができたが、来年度からは横浜市一括で調達することになっており、費用の徴収方法(牛乳と豆乳の差額)をどうするかが決まっていない。
学校側は、「できない」と勘違いしたようであるが、「できない」とは決まっていない。
(でも、「できる」とも決まっていないそうです)
とのことなので、
費用の徴収方法の事務の問題であれば知恵を出して、ぜひできるようにして欲しいと思います。
(「牛乳が飲めない子には給食費から牛乳代を返金します)とも言っていたので、事務の問題というよりは、「豆乳との差額を支払ない人がいるので、(支払う意思のある人を含めて)豆乳が必要な全員に豆乳を提供しませんという乱暴な論理のような気もします。
とのお願いをしました。
ところで、障害者が、例えばバリアフリーの環境があることによって車いすユーザーが社会参加できるように、目の悪い人が眼鏡を使うことによって社会参加できるように、アレルギーの子も、食品に配慮さえすればちゃんと学校に行ける、、、、そういう意味では、アレルギーも(社会的)障害の一種だと思います。
アレルギーの対応そのものは、「弁当持ち込み許可」によりある程度は解決するのですが、そのような対応を、保護者と学校と一緒に考えて行動する(=学校に一方的に対応をお願いするのではない)ことにより、アレルギーの子だけではなく、障害を持つ子、体育の苦手な子、勉強の苦手な子、様々な個性(障害もアレルギーも個性です)への対応できる社会が少しでもできればいいなあと思うのでした。
また、例えばアレルギーの子への対応を「面倒なこと」ではなく、「創意工夫するチャンス」と皆がとらえることにより、仕事も楽しくなるのではないだろうか? などと思います。
そういう意味で、今回の校長の対応は、「一人一人の子供へどう対応するか、保護者や地域と一緒に考え行動」との姿勢が見えず残念です。
MNさん; なるほど、教育委員会の言うことは普通ですね。その校長がかなりアホな「たったひとり」だったと思いたい。にしてもこんな人が校長やってるという現実が辛い
KNさん; 食物アレルギーにて除去食をする場合は各都道府県所定の学校生活管理指導票(アレルギー疾患用)と学校給食食物アレルギー対応指示書をかかりつけの医師に記入してもらい学校に提出して交渉すると対応してもらいやすいと思います。
また最近の食物アレルギーの治療法として、除去でなく経口免疫寛容療法といって、少量ずつ食べながら耐性をつける治療がアレルギー専門施設が増えています。横浜ですと神奈川こども病院アレルギー科にこの治療法の大家がいますので相談してみるのもよいかもしれません。
こどもさんの学校生活がうまくできるよう、学校長に執拗に交渉して下さい。
RIさん; なかなか大変な状況ですね。応援しております。
私は、障害者側の言い方として「障害=個性」という言い方は理解できるのですが、一般的に「障害=個性」といってしまうことには抵抗があります。障害の要援護性が軽視されるのを恐れるからです。
直接、現場に立ち会ったわけではないですが普通に考えると、この場合、校長だけが問題ではなくて、養護教諭や管理栄養士にも問題ありだと思います。専門職である以上、まずは、専門職としての意見をきちんと提案して、そのうえで「校長の判断」とすべきですね。それができなければ、専門職が学校に配置されている意味がない。専門職の提言に基づいて、校長が、管理上の観点から判断をするのが本来でしょう。また、校長は、保健教諭や管理栄養士等に意見を求めるべきでしょうね。(まあ、今回の件は、それ以前のレベルのような気がしますが、それならばなおのこと、養護教員や管理栄養士は、校長に警告すべきだと思います。)
組織というのは、全体が個人の能力だけに依存しないでも円滑に回るようにするためのシステムですよね。個々人がもつ欠点を、補うようにするためにあるもので、この校長が多少問題あっても、フォローできるというのが組織の意味だと思います。
まなままのダンナ;
>一般的に「障害=個性」といってしまうことには抵抗があります。
>障害の要援護性が軽視されるのを恐れるからです。
というのは、障害を「悪いもの」というのが前提ですね。 確かに「障害の医療モデル」ではそうなのだとは思いますが、私は障害を「悪いもの」とは全く思っていません。「障害は恵み」という人もいるように(私もそう思います)障害があるから(精神的に)豊かな生活を送れるという考え方もあります。そのような意味で私は「障害は個性」と思っています。
(このあたりを書き始めると長くなりますが、、、、)
組織論としては納得できるのですが、、、、RIさんの書いているように、今回の件は「それ以前」のようですね。(笑)
RIさん;
>「障害は恵み」という人もいるように(私もそう思います)障害があるから
>(精神的に)豊かな生活を送れるという考え方もあります。
>そのような意味で私は「障害は個性」と思っています。
まったくもってその通り。障害者本人やその家族が言う分には理解できます。がん患者にも、Cancer Giftという言葉がありますし、今日においては「障害=個性」は特殊な言い方ではないと思います。
いや、私がいいたいのは、つまり、「私自身は、そういう言葉づかいはできないなあ」ということです。障害者に向かって「がんばれ、君の障害は君の個性だ」とは言えないということです。本人がいうならわかりますが。「障害=個性」という言い方は、極めて当事者的な表現だし、ある種、障害を克服していく過程で生まれる「障害者本人に帰属する」言葉なんだなあと思うわけです。一般化できないといったのはそういう意味です。
まなままのダンナ;
しつこくてすいません。
確かに、『「がんばれ、君の障害は君の個性だ」とは言えない』そりゃ言えないですよね。
東北大震災の被災者に、「頑張れ、君に絆の大切さを知らせるための天の恵みだ」なんていうのと同じように。
ところで、RIさんのいう障害者はやっぱり「医療モデル」の「障害者」だと思うのです。
ちょっと極論ですが社会モデルでは人は皆「障害者」です。たとえば近視の人は障害者なのですが、眼鏡という社会からの支援を得て社会生活を送れるし、音痴の子は「友達とカラオケに行けない」という社会的不利益(タイでは友達とカラオケに行けないのは極めて不利益です(笑))があるのでやっぱり障害者です。中国では、酒の一気飲みができないのは、不利益かもしれません。(笑)
で、障害者が不利益を得ないようにするのは、周囲がみな「障害は個性」との認識にたてば、皆が住みよい社会になるのでは、、、、と思います。
そうすれば、音痴の人へのカラオケの強要も酒の強要も無くなります。(笑)
障害者が皆にそういう気付きを与えてくれるという意味でも、障害を持つ人は社会にとって重要な人です。
で、頑張らなければならないのは、障害者本人というよりも、周りの人達なのだと思います。
RIさん;
まあ、わかりますよ。でも私は、ご存知の通り、障害者と障碍者を区別するのは一部の方しか理解できない議論なので、そういう言い方しませんが(笑)まあ、この部分は、続き次回会ったときに。
たぶん、ポイントは、「社会的に支える」という視点を入れ込むと、議論が違ってくるということですね。私は「障害=個性」といってしまえば、要援護性が認識せれず、結局、当事者の問題に押し戻されてしまうという現実を憂慮している理解、まなままのダンナさんは、「障害=個性」ということで、社会が個性を受け入れ、ともに支えるという理解。現実を先にもってくるか、理想を掲げるかの違いがあるんだと思います。
ちなみに、日本では近視は治療対象ではないので、「社会的に支えない」とされていますね。メガネは自分で買えということです。
まなままのダンナ;
ところで話は変わりますが、障害者は、日本語で「障害者」「障がい者」「障碍者」などと、いろいろ表現されますが、私個人的には基本的には「障害者」としています。
最近は、様々な基準で「障害者」は使えず、無理やり「障がい者」と書かされるケースが多いのですが、、、、、
これも話し始めると長くなるのですが、、、
確かに、多くの人は理解していないというか意識していないのだと思いますが、私は、「障害」を意識することにより目の前がぱあっと開けた、人生が豊かになった気がします。
ようは、今回の事も「アレルギーの子供の給食をどうするかという問題」ではなく、「アレルギーであれ何であれ、一部の障害のある子供を切り捨てる社会、落ちこぼれを捨て去る社会、強者のための社会」が、実は皆にとって不幸な社会であることに気づいていない問題なのだと思います。
KTさん; ギスギスした現代の日本にがっかりですね (-_-;)
日本って昔っからそうだったんですかね?
経済が発展する反面で地域内のコミュニケーションが減っていって絆がボロボロになっちゃったんでしょうか。
何でもかんでも、責任、責任。昔は良い意味の言葉だと思ってたのに、最近じゃ言葉事態にグレーのオーラが漂いますね。
この聞いて、私が小さい時の事を思い出しました。
私の保育園の同じクラスにアレルギーの子がいて、その子は献立によってお弁当やオヤツを持参していました。
その子が通うようになって週毎の献立表を各家庭に配布するようになったんです。
特別なゴハンを持ってきてるのが羨ましかったのと、明日の給食の内容が分かる嬉しさから覚えているんだと思います。生まれつきの食いしん坊ですね。
今じゃ献立表なんて当たり前の話なんだろうけど、当時のその保育園ではアレルギーの子が保育園に通いやすいようにと考えた結果、各家庭でお昼と夕食がダブらず、食いしん坊の楽しみも増えたんですね〜(*´∀`*) 今考えるといい話だな、うんうん。
小学校での対応はクラスが違ったので覚えていません。スミマセン(-_-;)
普通に学校に来ていたから、お昼は何かしら食べれていたと思うのですが。。
アレルギーの子は沢山いるだろうに、この学校では今までどうしていたんですかね〜。
YSさん;
この校長の話をきくと、対応の仕方、相手の気持ちを考えて話す。
基本的なことですが、改めて気を付けないと、と思います。
MKさん;
公立の学校はそんなもんです
うちの子も内申脅されたりー
教師は絶対権限守るためすごいよ
YHさん;
自冶会長として地域の学校に関わっていますが、公立小、中学校はほとんどが末期症状にあります。中には熱心な教師もいますがなかなかその本領を発揮できるところまで行っていないようです。私の自治会内でも遠方の学校に転校した児童が3名いますが、その原因はいじめでしたが、今はいじめられているほうをほっておいていじめている方と教師さらに校長までグルになっていじめを増長させさらに隠蔽するという手法をとってきます。そこに親や自治会長、民生児童委員が介入できないように全員で聖域を作ってガードするということもしています。同じ理論で教師の個人感情での内申の作成は日常茶飯事ですし、生徒児童は学校に人質として取られているのも同然という批判をする親までいる始末です。
まなままのダンナ;
地域の人と学校が協力して、良い学校、良い地域を目指すって、タイでは普通の発想ですが、日本では、その当たり前のことが普通ではないのでしょうか?
YHさん;
表面上はそのように繕っているというのが実情です。PTAも学校の出先機関としての機能しか果たしていません。PTA会長の多くは校長とグルになっていると思った方がいいと思います。また教育委員会も元教師という人がほとんどでも教育委員長は全員元校長ということになっています。日本では真の教育を実施してくれる公立学校は皆無といってよい状態です。また、自治会等が学校の内部の事案に立ち入ろうとすると、教師とPTAがタッグを組んでガードに入ります。その際は当該被害等を受けている児童以外の児童も巻き込むという具合です。私は単独自治会で戦ってきましたが、最後は民生委員連合会と自治会連合会で協力して解決にあたりました。相当な労力を必要とした次第です。
KAさん;
横浜の小学校の話、なかなか衝撃的です。
怒り、憤りを通り越して、憐みというか、
話すのもあほらしいというか、
ああはなりたくない、という典型的な人物像という感じですね。
そういう学校で学ぶのは他にも大変なことがあるかもしれませんが、
たくさんのお友達とともに楽しい学校生活を送って欲しいと
心から祈るばかりです。
まなままのダンナ;
「牛乳の代わりに豆乳の提供」に関しては、今年度までは各学校で材料調達をしていたので柔軟に対応ができたが、来年度からは横浜市一括で調達することになっており、費用の徴収方法(牛乳と豆乳の差額)をどうするかが決まっていない。
ということで問い合わせをしていましたが、最終的に横浜市教育委員会健康教育課長名で回答がありました。
牛乳代金を差し引いた給食費をお支払いいただき、学校で、牛乳の代わりに「豆乳」を用意し、豆乳の代金を 別途、お支払いいただくことも考えられます。
とこのことで、来年度横浜市一括で給食費の徴収、材料の調達を行っても、学校で代替食(例;豆乳)の料金の徴収や手配を行うことが可能とのことです。
学校の負担をむやみに増やすことは私の意図ではありませんが、個々の事情に応じた給食の実施を行うことができることが確認できてよかったと思っています。
応援していただいた皆様ありがとうございました。
娘は来年4月に小学校入学。引っ越し前に新入生の健康診断が終わってしまっていたので、個人的に小学校に挨拶に行くようにいわれました。
小学校は歩いて5分ぐらいのところ。どんな小学校かな? どんな校長先生かな?と娘と話しながら、うきうきと小学校に向かいました。
校長室に通され、校長先生、保健室の先生、そして管理栄養士?さん(給食の献立を考えてくれる方)の3人が応対してくれました。
いろいろな確認事項が済んで、いよいよ給食の話。うちの娘は食物アレルギーがあるので、給食がどうなるかが最大の関心事。
「今現在、乳・卵・小麦の除去食をしているのですが・・・」と切り出した。
栄養士さんが「そうですか・・・。じゃあ、シチューとかもだめですね・・・。パンも食べられない可能性があるんですね・・・」という。横浜では週のうち、3日がパン、2日がご飯とのこと。
「そうなんです。。。あのう・・・、パンの代わりに、おにぎりを持たせる、ということは可能でしょうか?」と訊くと、
困ったような様子で「う〜ん。・・・校長先生の判断になりますね」といわれました。
すると校長先生がすかさず、
「学校では基本的に給食です。もし、食中毒が出たとき、それが家庭から持ってきたものが原因か、給食のものが原因かわからなくなる。そうすると、3日間、学校給食をとめて、消毒をしなければならなくなる。たったひとりのために学校給食をとめるわけにはいかないんです」
といいました。
(え? 最悪のケースを考えておかなくてはならないとはいえ、食物アレルギーを持つ子の親はたぶんかなり気をつけて子供の食事を作っている人が多いと思われますが、食中毒を起こすことが前提ですか?? しかし、それこそ、たったひとり食中毒が出ても、保健所から人が来て、学校給食が止まるのでしょうか??)←心の声
それを聞いて、私は思わず
「え〜っと、じゃあ、給食で食べられるものが仮に50%だったとしたら、午後の授業の間は空腹を我慢しろということですか?」と聞くと
「そうです」というお答え。
私は耳を疑いました。これが仮にも教育者の言葉でしょうか?
校長は、学校を管理する立場の人だから、仕方がない部分もあるでしょうが、こどもひとりひとりを大切にする、という視点はまったくないようでした。
「じゃあ、それが10%でも、我慢しろってことですね?!」という言葉は、ぐっと飲み込んで、そのあともにこやかに会話。1年生の場合、午後の授業は少しで、帰宅後のおやつで十分に対応できるかもしれないし・・・と心を落ち着ける。
栄養士さんが、「牛乳がだめな場合、麦茶なら出せます」とおっしゃいました。
それを聞いて、栄養面を考えて「え〜っと、じゃあ、それを豆乳に変えてもらうということはできますか?」となにげに聞いてみたところ、(笑顔でね!)
「今(来年度から?)は、給食費の未納者対策で、給食費は全部横浜市で集めるので、食材はすべて横浜市が一括購入する形になるんです。各校が独自に食材を調達していたときは、それも可能だったんですが、来年度からはそれはむずかしいんですよ」
と、校長。
そうなんだ。そういう事なら仕方ないか・・・。と思ったそのあとに、
「横浜市の小学生は28万人(うろ覚え)いるんですよ。ですからねえ、○○小学校の
たったひとりのために、豆乳を買うことはできないんですよ」
・・・またかよ。
「たったひとりのために」って、2回も言われちゃったよ。
校長は50代男性。小麦と乳と卵を除去すると、普通に食べられるものがどれだけになるのか、たぶん想像もつかないんだろう。うちの娘は110センチ、16kg。小柄でやせっぽち。けっしてりっぱな体格ではない。食べられるものが制限されているので、1回の食事はいつも大切にしてきた。それを50%しか食べられなければ空腹は我慢しろと平気で言い放つ。さっきも書いたように、校長は学校を管理する立場の人なので、やってあげたくてもできないことは多々あると思う。こっちだって、すべての要求をのんでほしいと思っているのではない。でも、言葉の端々に「ひとりひとりのこどもの健康よりも、学校管理のほうが大事です」という考えがありありと見て取れて、とてもがっかりしてしまいました。いろんなことが校長先生次第だと友人にきいていましたが、こんな人が校長の学校に娘を預けることになるのか・・・と暗い気持ちになりました。
しかし、今回、横浜に住むことになったのを契機に、神奈川こども医療センターを紹介していただいたので、近々受診する予定になっている。この病院は積極的に除去食の解除をしているということだったので、小学校入学までに、今よりも食べられるようになっている可能性は高い。
それに、さっそくけんかするのは得策ではない。
・・・と、考え、にこやかに会話を続ける。
保健室の先生が「まず、病院から意見書というのを取ってきていただいて、対応はそれからになります」と道筋を示してくださった。
校長「ほかに質問は?」
私「え〜っと・・・。ランドセルの色は何色が多いですか??」
校長「ははは。いろいろですよ。じゃあ、教室を見に行きましょうか」(ほっ。場が和んだ)
校長先生が学校の中を少し案内してくれ、1年生と2年生の教室も見せてもらった。ホントに最近のランドセルはいろいろなんですね。
次回は1月31日に入学説明会。それまでに、病院に行って、意見書をもらってこなければ。
そんなことをぼ〜っと考えながら、寒空の下をとぼとぼと家に帰りました。。。
その夜、だんなから電話があったので、その日の顛末を話すと、
「そんな対応のはずないよ。もし、本当にそんな対応だったら、教育委員会になぐりこむ」
おおっと! いきなり場外乱闘か??
本当は私が早速そうしたかったけど(笑)、解除が進んで、給食で十分対応できるようになるかもしれない、という望みがあるので、ぐっとこらえました。
できれば、学校と仲良く、協力しあいたいですもんね。
あと3ヶ月。少しでも給食が食べられますように。。。
しかし・・・。横浜の風は冷たかったです・・・。
【追記】
この件について別途SNS経由でいろいろコメントをいただきました。
表現などは問題もあるものもありますが、基本的にそのまま紹介します。(実名などは一部修正しています)
MNさん; いやー、おかしいでしょこの校長。おにぎり持たせるののどこがいけないのかしら。うちもアレルギーがあって小さいときは保育園で除去食を持たせてました。食中毒が出たときの対応が面倒いという理由だけで子供に半分しか給食を与えないのは完全に子供の人権侵害だと思います。けんかするのは得策ではないと思いますが、冷静に教育委員会や第三者委員会に相談すべきだと思います。アレルギーの子供は今の日本にゴマンといて、こんな対応が許される訳ないですよ。倫理的におかしい話です。
YAさん;本当に頭にきますね。こんな対応でいいわけがない!どこに訴えれば、どうすればいいのか・・・。
アレルギーの子供たちはとても多いはずなのに、皆どうしているのでしょう。
SYさん; 時代遅れな校長ですね。私だったら、「保健室登校じゃないですけど、当分の間校長室で給食食べさせて下さい、で、どれだけ食べる物が限られるのか見て学んで下さい」とか、あるいは「じゃぁ、一人だけ食あたり起こしても給食のせいにしませんって念書書けば持ち込んでもいいんですか?」とかふっかけちゃいそうですが、それは現実的ではないでしょうね…
でも、神奈川県立こども医療センターは小児医療では有名なところですし、そこに限らず除去解除の方法も色々進んでいると耳にしますので、少しでも除去食が減ると良いですね。
MTさん; 人権侵害だと思います。ああ、またこの手の話。悲しくなってきた。そして怒りも!でも横浜ならなくはない話かな。アレルギーを持つ子の親御さんはみんないろいろ苦労して交渉しているみたいです。 すごいです!!!私なら怒り狂ってしまいそう。横浜のアレルギー子の親グループを知っているのですが相談してみてもいいですか?それにしても食の多様性とか自由ってないんですかね。安全性でも疑問が。放射能に汚染された牛肉出していて後で問題になったり。でもここはクールに戦略考えましょうよ!応援するっす。
SIさん;「たったひとりのために」ができなくて、私たちはいったい何ができるのでしょうか。何かをする、何かしたいは、まずだれか一人のために出来てからだと思います。100%が難しくても、まず1%の努力がなければ、なにも動きません。 人は悲しいかな、自分がその立場に置かれるまで、気がつけないことが沢山ありますね。 校長先生は、頭はいいかもしれません。地位もあるかもしれません。でも、想像力に少しかけているところがあるのかもしれないですね。 冷静な大人の対応、さすがです。 お子さんがしっかりお昼ご飯を食べれる環境が整う事を願います。
FSさん; 日本の「お役所」の対応はまったく期待できないですね。娘が通い始めたジャカルタの日本人学校で昼食時間が20分しかないので「昼食時間をもっと長くしてほしい」とリクエストしたら、昼食時間が短いのは仕方ないということであっさりと一蹴されました。私の対応はインターナショナルへ転校でした。
MSさん; これから、長い付き合いになるであろう学校関係者ともめたくはないが、このまま私立に転校する羽目になるのもシャクにさわる。 マスコミに持ち込む? 硬いところで、NHKさんとかかなぁ。
KMさん; 私もかなり頭にきました。市長・議員へ書簡を送るなどぜひ進めてください。私もできることがあれば全面的に応援いたします。
しかしちょっと違う観点から見ても正直この校長は阿呆ですね。危機管理が全くできていません。メディアなんかが取り上げたら、校長や学校自体が大変まずいことになりますよ。
管理職にとって一番大切なのは危機管理能力です。それができないなら組織の上に立って少々高い報酬をもらう資格はありません。
TOさん;ちなみに、横浜市のホームページには「アレルギー疾患の児童対応マニュアル」
http://www.city.yokohama.lg.jp/kyoiku/kenkyo/kyushoku/allergy.pdf があって、
オニギリ持ち込みなどはもちろん許可されるし、
【(給食に関しては)実施決定基準(「第5章 食物アレルギーに対する学校給食での対応」参照)に照らし、関係職員との話し合い、給食施設の規模、給食現場の諸状況を勘案して対応を決定します。 】
とあり、マニュアル上は給食ができるよう可能な限り対応するように読めますが、、、、実態は全然違うのですね。
MSさん; これは、まなまま家だけの問題ではないですから、是非ネットワークを駆使して、賢く闘ってほしい。私も知り合いに相談してみます。
HKさん; あまりにも理不尽な学校の対応に怒り心頭でご返信を差し上げる次第です。
この横浜の学校の対応、というかこの校長の対応は信じられません。
これは冷静に教育委員会とかしかるべきところに相談すべきだと思います。
学校や校長とけんかしてもいいことはないと思うので、ここは怒りをぐっとこらえて
冷静に教育委員会に相談されるのがいいのではないでしょうか。
FMさん; 校長の対応にびっくりしました!今時食べ物アレルギーを持つ子どもたくさんいるでしょうに、給食食べられないのならお腹すいたままでがまんしろってありえません(@@)。
HOさん; 小学校のアレルギー対応について、希望に膨らむ学校生活に水を差され怒りのやり場に困っておられるのが、手に取るように、、、
既に我が子育ては終わり、孫娘が居ます。
古い話ですが、以前の我が娘の入学(公立)時、
私はフルタイムで働くワーキングウーマンでした。多くのことで校長や担任と相談することがありましたが、、中々思うように歩み寄る事が不可(学校側に)でした。
尽くせる手立てはすべて、、、位? あるフッと頭に浮かんだこと、
1) 一日24時間内で我が子供が過ごす時間は(学校内で)
低学年は4、5時間?デモどんどん学校生活の占める時間は増えていきます。
2)所詮、集団生活、管理者側に都合よく、事故の無いように仕組まれています。
皮肉をこめて(対応された校長は)、正直な人
以上の様に思い至り議論や交渉にエネルギーを使うことをやめる事にしました。
、、、、で今後の、子供の体調や学校生活を長いスパンで思う時に、単純な思考回路で
誰にでも事項可能かどうか疑問ですが、、、、?
私にとって、フルタイム生活をやめることは不可、子供の学校生活に付き添いも不可
一番大切なことは 、給食は何かの手順の狂いで命に直結する可能性も大です。
少なくとも、12年間学校給食を送る上で親子共々、物理的、精神的、負担を負うことも含めて考えると、私にとって可なりの負担になりましたが、、、私学に通わせることに決めて途中で転校しました。そのためのエネルギーもかなり必要でしたが、、、、質は、全く違いました。 健康であれば、、金銭はともかくあらゆることが解決できる可能性が広がります。
場外で戦うことはどこでも、いつでも出来ます。なるべく、子供さんに負担のかからない学校生活を、選択してあげてください。我が家の子育てはユニーク?可なり世間様とは違うようですが、娘はそれなりに大人になり結婚(外国人ですが)子育て真っ最中です。
孫娘の学校は給食、弁当、又は時々給食も選択できます。何も事故は起こっていないようです。(アレルギーの生徒が多様で人数も多い事、宗教、人種などの理由)
老婆心で余計なことを、、、と書いてしまいました。 書きながら思った事、終末医療、看取り、も、これから成長する子供たちの育て方も、どちらも ”思いやり””一人ひとり、家族の覚悟”が必要でどちらも同じ様に思います。
MUさん; 同じ横浜市内の小学校に娘が登校していますが,先ほど聞いてみたら,特別な給食を食べている友達がいるよ。と言っていました。その友達は卵アレルギーらしいのですが,きちんと別に配膳されてくるそうです。ちなみに同じく横浜市内の小学校では,支援学級の児童ですがパンが苦手ということで自宅からおにぎり持ってくるのをOKにしていますよ。
明らかに校長が面倒なことはしたくないんだな…と思われます。
教育委員会でしょうかね。
横浜って?と思うことが多いのですが,支援学級も保護者が障がいのある我が子を支援学校に通わせたいと願っても行けないのが現状です。支援学校の定員がオーバーしているらしく,障がいが重複していて重度でないと門前払いされています。なので給食のことについても然り,本当にケアが必要な児童に対するシステムが機能していないなあと思っています。
KTさん; ほんとに、腹が立ってきました。「たったひとりのために」が無理だから、空腹を我慢せよ、って…。校長たるもの、子どもの成長における食の大切さをしっかり知っていてほしいですね。空腹で授業への集中力が欠けたら学びにも影響するのに。教育を受ける権利の侵害! すてきタウンよこはま、なんだかイメージダウンです、たったひとりのせいで。
HTさん; 食物アレルギーがあると日常生活に制限がかかることが多く、大変ですね。
確認なのですが、食物アレルギーの程度はどの程度なのでしょうか?食べると喘息発作やアナフィラキシーといって入院しなければならないほどの発作がおこるのでしょうか?
というのは食物アレルギーは、程度によっては死にいたる危険な病気です。
それを防ぐのは原因物質を除去することしかありません。
また学校での対応は、個別対応が原則ですが、学校医ではなく校長に権限があります。
つまり学校長の判断で「可否」が決定されます。
学校もお役所と同じコトナカレ主義ですので、学校長が個人の判断で積極的にすすめるのは非常に難しそうです。
ですので、校長先生と個人的に交渉していても難しいと思います。
対応としては、
・医師に食物アレルギーの程度を再度確認してもらう
→ こちらのハードルを下げて教育現場と交渉します。
・校長個人ではなく、組織(教育委員会、市役所)と交渉してください。
→ むこうに譲歩してもらう
これぐらいでしょうか?
保護者個人で交渉してもなかなか難しいと思います。
EKさん; 横浜の学校給食についてです。
同じ横浜市立ですが、特別支援学校の場合は個別への対応ができているように感じます。
現在の学校でも、お子さんの摂食の状態に応じて、食事をミキサーにかけて個に応じた「粘り」にしてもらってます。
常食(普通の固形食)から、かなりの流動食まで、5段階に調理されています。
それでも食事が摂れないケースでは、家庭からの依頼に応じて経管栄養の処置も行っています。
そばアレルギーのお子さんもいらっしゃるので、そば専用のミキサーもあります。
前任の学校でも、ご飯はOKでもパンは避けたいというケースがありましたが、最初の頃はパン食の時にはご飯持参、そのうち栄養士さんがパン食のときには一人分のご飯を用意してくれるようになりました。(お母さんが大変だから、と栄養士さんが対応してくださいました。)
小規模な学校ゆえ、できているのかも知れませんが、「個に応じた教育」というキーワードは、随分前から普通校でも使われています。
MTさん; 横浜市内の友人にきいたら、「うちの娘の小学校には栄養士の他に栄養教諭がいるので、アレルギーの対応はできるかぎり対応しているはずです。また、今は低学年を中心に、放射能を心配してお弁当を持たせる保護者が増えています。その日の献立に合わせたお弁当もあれば、そうでないお弁当もあるようですよ。」だって。ホントに同じ自治体の学校???横浜、アレルギーを持つ子どもの給食対応マニュアルもあるんですね。だとするならなぜ、まなままさんちの校長はこういう対応するんだろうか?
皆さんコメントありがとうございます。
まなままのダンナです。
結構皆さん過激ですね。早くも場外乱闘状態か?(笑)
場外乱闘に私も参加させてもらいます。
昨日、横浜市の教育員会を訪問しました。当初教育委員会に電話したところ「小学校にご相談ください」との対応でしたが(小学校と埒があかないから教育委員会に連絡しているのに、、、)、紆余曲折の後、最終的には訪問し丁寧な対応をしていただきました。
ブログの内容には、「一方からの情報なので断定的には言えませんが」としながら、「学校の対応は適切ではなかった」とされました。
(今回の問題は、横浜市の問題というよりは、校長の個人的な問題のようです)
そのうえで給食に関して、
卵をいれずに卵入りスープを作る、シチューを豆乳で作るなど「除去」した料理をいろいろ工夫して給食で対応するのは可能です。但し、パン(小麦)の日に関してオニギリを提供するのは現状では難しいので、ご自宅から用意していただくのをお願いしたい。
との話でした。普通に納得できる話でした。
但し、
「牛乳の代わりに豆乳の提供」に関しては、今年度までは各学校で材料調達をしていたので柔軟に対応ができたが、来年度からは横浜市一括で調達することになっており、費用の徴収方法(牛乳と豆乳の差額)をどうするかが決まっていない。
学校側は、「できない」と勘違いしたようであるが、「できない」とは決まっていない。
(でも、「できる」とも決まっていないそうです)
とのことなので、
費用の徴収方法の事務の問題であれば知恵を出して、ぜひできるようにして欲しいと思います。
(「牛乳が飲めない子には給食費から牛乳代を返金します)とも言っていたので、事務の問題というよりは、「豆乳との差額を支払ない人がいるので、(支払う意思のある人を含めて)豆乳が必要な全員に豆乳を提供しませんという乱暴な論理のような気もします。
とのお願いをしました。
ところで、障害者が、例えばバリアフリーの環境があることによって車いすユーザーが社会参加できるように、目の悪い人が眼鏡を使うことによって社会参加できるように、アレルギーの子も、食品に配慮さえすればちゃんと学校に行ける、、、、そういう意味では、アレルギーも(社会的)障害の一種だと思います。
アレルギーの対応そのものは、「弁当持ち込み許可」によりある程度は解決するのですが、そのような対応を、保護者と学校と一緒に考えて行動する(=学校に一方的に対応をお願いするのではない)ことにより、アレルギーの子だけではなく、障害を持つ子、体育の苦手な子、勉強の苦手な子、様々な個性(障害もアレルギーも個性です)への対応できる社会が少しでもできればいいなあと思うのでした。
また、例えばアレルギーの子への対応を「面倒なこと」ではなく、「創意工夫するチャンス」と皆がとらえることにより、仕事も楽しくなるのではないだろうか? などと思います。
そういう意味で、今回の校長の対応は、「一人一人の子供へどう対応するか、保護者や地域と一緒に考え行動」との姿勢が見えず残念です。
MNさん; なるほど、教育委員会の言うことは普通ですね。その校長がかなりアホな「たったひとり」だったと思いたい。にしてもこんな人が校長やってるという現実が辛い
KNさん; 食物アレルギーにて除去食をする場合は各都道府県所定の学校生活管理指導票(アレルギー疾患用)と学校給食食物アレルギー対応指示書をかかりつけの医師に記入してもらい学校に提出して交渉すると対応してもらいやすいと思います。
また最近の食物アレルギーの治療法として、除去でなく経口免疫寛容療法といって、少量ずつ食べながら耐性をつける治療がアレルギー専門施設が増えています。横浜ですと神奈川こども病院アレルギー科にこの治療法の大家がいますので相談してみるのもよいかもしれません。
こどもさんの学校生活がうまくできるよう、学校長に執拗に交渉して下さい。
RIさん; なかなか大変な状況ですね。応援しております。
私は、障害者側の言い方として「障害=個性」という言い方は理解できるのですが、一般的に「障害=個性」といってしまうことには抵抗があります。障害の要援護性が軽視されるのを恐れるからです。
直接、現場に立ち会ったわけではないですが普通に考えると、この場合、校長だけが問題ではなくて、養護教諭や管理栄養士にも問題ありだと思います。専門職である以上、まずは、専門職としての意見をきちんと提案して、そのうえで「校長の判断」とすべきですね。それができなければ、専門職が学校に配置されている意味がない。専門職の提言に基づいて、校長が、管理上の観点から判断をするのが本来でしょう。また、校長は、保健教諭や管理栄養士等に意見を求めるべきでしょうね。(まあ、今回の件は、それ以前のレベルのような気がしますが、それならばなおのこと、養護教員や管理栄養士は、校長に警告すべきだと思います。)
組織というのは、全体が個人の能力だけに依存しないでも円滑に回るようにするためのシステムですよね。個々人がもつ欠点を、補うようにするためにあるもので、この校長が多少問題あっても、フォローできるというのが組織の意味だと思います。
まなままのダンナ;
>一般的に「障害=個性」といってしまうことには抵抗があります。
>障害の要援護性が軽視されるのを恐れるからです。
というのは、障害を「悪いもの」というのが前提ですね。 確かに「障害の医療モデル」ではそうなのだとは思いますが、私は障害を「悪いもの」とは全く思っていません。「障害は恵み」という人もいるように(私もそう思います)障害があるから(精神的に)豊かな生活を送れるという考え方もあります。そのような意味で私は「障害は個性」と思っています。
(このあたりを書き始めると長くなりますが、、、、)
組織論としては納得できるのですが、、、、RIさんの書いているように、今回の件は「それ以前」のようですね。(笑)
RIさん;
>「障害は恵み」という人もいるように(私もそう思います)障害があるから
>(精神的に)豊かな生活を送れるという考え方もあります。
>そのような意味で私は「障害は個性」と思っています。
まったくもってその通り。障害者本人やその家族が言う分には理解できます。がん患者にも、Cancer Giftという言葉がありますし、今日においては「障害=個性」は特殊な言い方ではないと思います。
いや、私がいいたいのは、つまり、「私自身は、そういう言葉づかいはできないなあ」ということです。障害者に向かって「がんばれ、君の障害は君の個性だ」とは言えないということです。本人がいうならわかりますが。「障害=個性」という言い方は、極めて当事者的な表現だし、ある種、障害を克服していく過程で生まれる「障害者本人に帰属する」言葉なんだなあと思うわけです。一般化できないといったのはそういう意味です。
まなままのダンナ;
しつこくてすいません。
確かに、『「がんばれ、君の障害は君の個性だ」とは言えない』そりゃ言えないですよね。
東北大震災の被災者に、「頑張れ、君に絆の大切さを知らせるための天の恵みだ」なんていうのと同じように。
ところで、RIさんのいう障害者はやっぱり「医療モデル」の「障害者」だと思うのです。
ちょっと極論ですが社会モデルでは人は皆「障害者」です。たとえば近視の人は障害者なのですが、眼鏡という社会からの支援を得て社会生活を送れるし、音痴の子は「友達とカラオケに行けない」という社会的不利益(タイでは友達とカラオケに行けないのは極めて不利益です(笑))があるのでやっぱり障害者です。中国では、酒の一気飲みができないのは、不利益かもしれません。(笑)
で、障害者が不利益を得ないようにするのは、周囲がみな「障害は個性」との認識にたてば、皆が住みよい社会になるのでは、、、、と思います。
そうすれば、音痴の人へのカラオケの強要も酒の強要も無くなります。(笑)
障害者が皆にそういう気付きを与えてくれるという意味でも、障害を持つ人は社会にとって重要な人です。
で、頑張らなければならないのは、障害者本人というよりも、周りの人達なのだと思います。
RIさん;
まあ、わかりますよ。でも私は、ご存知の通り、障害者と障碍者を区別するのは一部の方しか理解できない議論なので、そういう言い方しませんが(笑)まあ、この部分は、続き次回会ったときに。
たぶん、ポイントは、「社会的に支える」という視点を入れ込むと、議論が違ってくるということですね。私は「障害=個性」といってしまえば、要援護性が認識せれず、結局、当事者の問題に押し戻されてしまうという現実を憂慮している理解、まなままのダンナさんは、「障害=個性」ということで、社会が個性を受け入れ、ともに支えるという理解。現実を先にもってくるか、理想を掲げるかの違いがあるんだと思います。
ちなみに、日本では近視は治療対象ではないので、「社会的に支えない」とされていますね。メガネは自分で買えということです。
まなままのダンナ;
ところで話は変わりますが、障害者は、日本語で「障害者」「障がい者」「障碍者」などと、いろいろ表現されますが、私個人的には基本的には「障害者」としています。
最近は、様々な基準で「障害者」は使えず、無理やり「障がい者」と書かされるケースが多いのですが、、、、、
これも話し始めると長くなるのですが、、、
確かに、多くの人は理解していないというか意識していないのだと思いますが、私は、「障害」を意識することにより目の前がぱあっと開けた、人生が豊かになった気がします。
ようは、今回の事も「アレルギーの子供の給食をどうするかという問題」ではなく、「アレルギーであれ何であれ、一部の障害のある子供を切り捨てる社会、落ちこぼれを捨て去る社会、強者のための社会」が、実は皆にとって不幸な社会であることに気づいていない問題なのだと思います。
KTさん; ギスギスした現代の日本にがっかりですね (-_-;)
日本って昔っからそうだったんですかね?
経済が発展する反面で地域内のコミュニケーションが減っていって絆がボロボロになっちゃったんでしょうか。
何でもかんでも、責任、責任。昔は良い意味の言葉だと思ってたのに、最近じゃ言葉事態にグレーのオーラが漂いますね。
この聞いて、私が小さい時の事を思い出しました。
私の保育園の同じクラスにアレルギーの子がいて、その子は献立によってお弁当やオヤツを持参していました。
その子が通うようになって週毎の献立表を各家庭に配布するようになったんです。
特別なゴハンを持ってきてるのが羨ましかったのと、明日の給食の内容が分かる嬉しさから覚えているんだと思います。生まれつきの食いしん坊ですね。
今じゃ献立表なんて当たり前の話なんだろうけど、当時のその保育園ではアレルギーの子が保育園に通いやすいようにと考えた結果、各家庭でお昼と夕食がダブらず、食いしん坊の楽しみも増えたんですね〜(*´∀`*) 今考えるといい話だな、うんうん。
小学校での対応はクラスが違ったので覚えていません。スミマセン(-_-;)
普通に学校に来ていたから、お昼は何かしら食べれていたと思うのですが。。
アレルギーの子は沢山いるだろうに、この学校では今までどうしていたんですかね〜。
YSさん;
この校長の話をきくと、対応の仕方、相手の気持ちを考えて話す。
基本的なことですが、改めて気を付けないと、と思います。
MKさん;
公立の学校はそんなもんです
うちの子も内申脅されたりー
教師は絶対権限守るためすごいよ
YHさん;
自冶会長として地域の学校に関わっていますが、公立小、中学校はほとんどが末期症状にあります。中には熱心な教師もいますがなかなかその本領を発揮できるところまで行っていないようです。私の自治会内でも遠方の学校に転校した児童が3名いますが、その原因はいじめでしたが、今はいじめられているほうをほっておいていじめている方と教師さらに校長までグルになっていじめを増長させさらに隠蔽するという手法をとってきます。そこに親や自治会長、民生児童委員が介入できないように全員で聖域を作ってガードするということもしています。同じ理論で教師の個人感情での内申の作成は日常茶飯事ですし、生徒児童は学校に人質として取られているのも同然という批判をする親までいる始末です。
まなままのダンナ;
地域の人と学校が協力して、良い学校、良い地域を目指すって、タイでは普通の発想ですが、日本では、その当たり前のことが普通ではないのでしょうか?
YHさん;
表面上はそのように繕っているというのが実情です。PTAも学校の出先機関としての機能しか果たしていません。PTA会長の多くは校長とグルになっていると思った方がいいと思います。また教育委員会も元教師という人がほとんどでも教育委員長は全員元校長ということになっています。日本では真の教育を実施してくれる公立学校は皆無といってよい状態です。また、自治会等が学校の内部の事案に立ち入ろうとすると、教師とPTAがタッグを組んでガードに入ります。その際は当該被害等を受けている児童以外の児童も巻き込むという具合です。私は単独自治会で戦ってきましたが、最後は民生委員連合会と自治会連合会で協力して解決にあたりました。相当な労力を必要とした次第です。
KAさん;
横浜の小学校の話、なかなか衝撃的です。
怒り、憤りを通り越して、憐みというか、
話すのもあほらしいというか、
ああはなりたくない、という典型的な人物像という感じですね。
そういう学校で学ぶのは他にも大変なことがあるかもしれませんが、
たくさんのお友達とともに楽しい学校生活を送って欲しいと
心から祈るばかりです。
まなままのダンナ;
「牛乳の代わりに豆乳の提供」に関しては、今年度までは各学校で材料調達をしていたので柔軟に対応ができたが、来年度からは横浜市一括で調達することになっており、費用の徴収方法(牛乳と豆乳の差額)をどうするかが決まっていない。
ということで問い合わせをしていましたが、最終的に横浜市教育委員会健康教育課長名で回答がありました。
牛乳代金を差し引いた給食費をお支払いいただき、学校で、牛乳の代わりに「豆乳」を用意し、豆乳の代金を 別途、お支払いいただくことも考えられます。
とこのことで、来年度横浜市一括で給食費の徴収、材料の調達を行っても、学校で代替食(例;豆乳)の料金の徴収や手配を行うことが可能とのことです。
学校の負担をむやみに増やすことは私の意図ではありませんが、個々の事情に応じた給食の実施を行うことができることが確認できてよかったと思っています。
応援していただいた皆様ありがとうございました。
. .
船便到着!
この寒空の下、先日、無事に船便が到着しました!
9時半ぴったりに業者さんが到着。
うちは家具はなく、ダンボールだけだったので、2人でした。
ダンボールに詰めたときの箱の番号で中身を確認し、「この箱は押入れに」「この箱は、リビングに」と仕分けていく。
業者さんが持ってきた箱の番号が書いてあるシートに、搬入時に丸をつけながら作業を進めていく。
食器と子供のおもちゃは、箱から出してくださいとお願いしていたので、すべて搬入しおわったあと、それぞれが箱を開け始めました。リビングで世間話などしながら食器を出してもらっていましたが、ふと気になって、おもちゃのほうへ。
すると・・・
わお!! 部屋一杯、てんこ盛りのおもちゃ!
う〜ん・・・。やっぱり日本の家は狭いですねぇ・・・。
ということで、その場でおもちゃ出しはストップ。それでも、懐かしのおもちゃとご対面した娘は大喜び!
よかったね。
食器も、食器棚にかなり一杯一杯な感じだったけど、最後の1箱を残して全部開けた。でも、夏用の食器などもあったので、もしかしたら自分でやったほうが、あるいは「それはそのままで!」などと指示したほうが良かったかもしれない。
でも、ダンボール箱もかさばるので、持って帰ってもらったほうが、あとのことを考えると正解。
結局10時半にはすべての作業が終了。
ダンボール48個の搬入、一部荷解きでちょうど1時間でした。
最後に「お茶でも」と言ったのだけど、「お気持ちだけで」と固辞されました。
あれは終わるタイミングを見計らって、さっと出さなきゃいけないんですね・・・。失敗。
お菓子だけお渡しして、お疲れ様の気持ちを伝えました。
ダンボール箱48箱というのは、割と少ないほうじゃないかと思っていたんだけど、うちと同じ家族構成で13箱という人もいました。
実は、今は姉と一緒に生活していて、この狭い家に姉の荷物もあるので、この重さに家が耐えられるのか?が心配。
で、業者さんに、「重みで、家がつぶれる、なんてことはないでしょうかねぇ・・・?」などと聞いてみたら、
「・・・・・。ただちには・・・」という、放射能の影響についての政府の答弁みたいな答えが返ってきた。
・・・大丈夫かいな?
家って、どのぐらいの重みに耐えられるんでしょうね? 木造か、鉄筋コンクリートか、鉄骨かなどによるでしょうけど。。。
今日、幼稚園の先生と話していたら、「子供さんも不安の中での出発。子供さんは敏感に感じますから、お母さんにも、余裕が必要。1日、1箱でもいいじゃないですか。ゆっくりやっていったら。その分、子供さんに時間を割いてあげてください」と言われました。
本当にそうですね。
これからしばらくダンボールと格闘する日々が続きそうですが、娘との時間を大切にしながら、ぼちぼちと開けて行きたいと思います。
9時半ぴったりに業者さんが到着。
うちは家具はなく、ダンボールだけだったので、2人でした。
ダンボールに詰めたときの箱の番号で中身を確認し、「この箱は押入れに」「この箱は、リビングに」と仕分けていく。
業者さんが持ってきた箱の番号が書いてあるシートに、搬入時に丸をつけながら作業を進めていく。
食器と子供のおもちゃは、箱から出してくださいとお願いしていたので、すべて搬入しおわったあと、それぞれが箱を開け始めました。リビングで世間話などしながら食器を出してもらっていましたが、ふと気になって、おもちゃのほうへ。
すると・・・
わお!! 部屋一杯、てんこ盛りのおもちゃ!
う〜ん・・・。やっぱり日本の家は狭いですねぇ・・・。
ということで、その場でおもちゃ出しはストップ。それでも、懐かしのおもちゃとご対面した娘は大喜び!
よかったね。
食器も、食器棚にかなり一杯一杯な感じだったけど、最後の1箱を残して全部開けた。でも、夏用の食器などもあったので、もしかしたら自分でやったほうが、あるいは「それはそのままで!」などと指示したほうが良かったかもしれない。
でも、ダンボール箱もかさばるので、持って帰ってもらったほうが、あとのことを考えると正解。
結局10時半にはすべての作業が終了。
ダンボール48個の搬入、一部荷解きでちょうど1時間でした。
最後に「お茶でも」と言ったのだけど、「お気持ちだけで」と固辞されました。
あれは終わるタイミングを見計らって、さっと出さなきゃいけないんですね・・・。失敗。
お菓子だけお渡しして、お疲れ様の気持ちを伝えました。
ダンボール箱48箱というのは、割と少ないほうじゃないかと思っていたんだけど、うちと同じ家族構成で13箱という人もいました。
実は、今は姉と一緒に生活していて、この狭い家に姉の荷物もあるので、この重さに家が耐えられるのか?が心配。
で、業者さんに、「重みで、家がつぶれる、なんてことはないでしょうかねぇ・・・?」などと聞いてみたら、
「・・・・・。ただちには・・・」という、放射能の影響についての政府の答弁みたいな答えが返ってきた。
・・・大丈夫かいな?
家って、どのぐらいの重みに耐えられるんでしょうね? 木造か、鉄筋コンクリートか、鉄骨かなどによるでしょうけど。。。
今日、幼稚園の先生と話していたら、「子供さんも不安の中での出発。子供さんは敏感に感じますから、お母さんにも、余裕が必要。1日、1箱でもいいじゃないですか。ゆっくりやっていったら。その分、子供さんに時間を割いてあげてください」と言われました。
本当にそうですね。
これからしばらくダンボールと格闘する日々が続きそうですが、娘との時間を大切にしながら、ぼちぼちと開けて行きたいと思います。
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ホームシック??
日本に戻って、約1ヶ月経った11月末。
娘が急に、しくしくと泣き出して
「タイに帰りたい・・・」というようになった。
え? どうして?
「日本はおうちがきついし(=せまいという意味)、お友達にも会いたい。最後に○○ちゃんと遊ぼうと思ったけど遊べなかった(=洪水からの避難でみんな一時帰国してしまったため)から、○○ちゃんと遊びたい・・・」
しくしくしく・・・。
そして、しばらく忘れたように遊んでいると思ったら、また急にかなしそうな顔になって、涙をふきふき、
「タイに帰りたい・・・」
う〜ん。これって、ホームシックでしょうか。
娘はタイ生まれのタイ育ち。はじめての引っ越しで、大きな環境の変化があったのだから無理もない。
タイから引っ越すとき、「おもちゃがなくなると、子供が不安定になるよ」と聞いていたので、おもちゃはぎりぎりまで片付けなかったからか、見る限り、娘は特に不安定な様子はなかった。
日本に帰ることも、「さびしい」と言うかと思いきや「じいじ、ばあばに会えるからうれしい」と言っていたので、すっかり油断していた・・・。
が、帰国して1ヶ月。お友達もいないし、幼稚園もない。おもちゃもおうちにないし、ママも家事に忙しくて遊んでもらえない。
この状況で1ヶ月は長すぎた。。。ごめんよ〜。
大失敗。幼稚園はプライオリティナンバーワンで、決めてあげなくてはいけなかった。
お金を使いたくないパパが「あと少しだから幼稚園は行かせなくてもいい」なんて言っていて、意見の食い違いの調整もできていなかったり、病院の用事で大阪に2回行かなければならないから、それが落ち着いてから・・・などと、大人の都合で考えていた。
急に情緒不安定になってしまった娘を見て、これは1日でも早く幼稚園を決めてあげなくては、と思った次第です。
大反省。
*いろいろありましたが、めでたく来週月曜日から幼稚園に通うことになりました。
娘が急に、しくしくと泣き出して
「タイに帰りたい・・・」というようになった。
え? どうして?
「日本はおうちがきついし(=せまいという意味)、お友達にも会いたい。最後に○○ちゃんと遊ぼうと思ったけど遊べなかった(=洪水からの避難でみんな一時帰国してしまったため)から、○○ちゃんと遊びたい・・・」
しくしくしく・・・。
そして、しばらく忘れたように遊んでいると思ったら、また急にかなしそうな顔になって、涙をふきふき、
「タイに帰りたい・・・」
う〜ん。これって、ホームシックでしょうか。
娘はタイ生まれのタイ育ち。はじめての引っ越しで、大きな環境の変化があったのだから無理もない。
タイから引っ越すとき、「おもちゃがなくなると、子供が不安定になるよ」と聞いていたので、おもちゃはぎりぎりまで片付けなかったからか、見る限り、娘は特に不安定な様子はなかった。
日本に帰ることも、「さびしい」と言うかと思いきや「じいじ、ばあばに会えるからうれしい」と言っていたので、すっかり油断していた・・・。
が、帰国して1ヶ月。お友達もいないし、幼稚園もない。おもちゃもおうちにないし、ママも家事に忙しくて遊んでもらえない。
この状況で1ヶ月は長すぎた。。。ごめんよ〜。
大失敗。幼稚園はプライオリティナンバーワンで、決めてあげなくてはいけなかった。
お金を使いたくないパパが「あと少しだから幼稚園は行かせなくてもいい」なんて言っていて、意見の食い違いの調整もできていなかったり、病院の用事で大阪に2回行かなければならないから、それが落ち着いてから・・・などと、大人の都合で考えていた。
急に情緒不安定になってしまった娘を見て、これは1日でも早く幼稚園を決めてあげなくては、と思った次第です。
大反省。
*いろいろありましたが、めでたく来週月曜日から幼稚園に通うことになりました。
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日本での生活
日本に戻って、1ヶ月以上経ちました。
気がつけば師走。12月ですね〜。
今年は例年に比べて暖かいんですよね? でも、タイ帰りにはつらいです・・・。水も冷たいし。
帰国してすぐはまだ青々としていた木々も、紅葉してきましたね。
娘の病院の関係で大阪に2回行ってきました。病院の用事も終わったので、これから腰を落ち着けて、生活をしていきたいと思います。
日本では何かと忙しく、ブログの更新もなかなかできないかもしれませんが、広告が出る前になんとか更新できるようにしたいと思います。
これからもどうぞよろしくお願いします。
気がつけば師走。12月ですね〜。
今年は例年に比べて暖かいんですよね? でも、タイ帰りにはつらいです・・・。水も冷たいし。
帰国してすぐはまだ青々としていた木々も、紅葉してきましたね。
娘の病院の関係で大阪に2回行ってきました。病院の用事も終わったので、これから腰を落ち着けて、生活をしていきたいと思います。
日本では何かと忙しく、ブログの更新もなかなかできないかもしれませんが、広告が出る前になんとか更新できるようにしたいと思います。
これからもどうぞよろしくお願いします。
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まさかの・・・
実は今、横浜にいます。
急転直下、主人の所属先から、扶養家族の避難命令が出て、28日夜便で帰国しました。
27日のお昼ごろ、「検討に入った」旨の連絡があり、その日のうちに、「最短で28日の夜便で帰国してください」と言われました。
・・・ショック! あと任期9日を残しての帰国。一時帰国中に任期が切れるので、そのまま本帰国ということになるのだそう。
船便はぎりぎりいっぱい出せたものの、誰かに譲ろうと思っていたものや、施設に寄付しようと思っていたおもちゃなどの整理、処分がまだまだ・・・。
それに、篭城にそなえて備蓄した水・米・非常食等々・・・。どないすんねん!
日本出張から戻った主人が再度確認したときも、「命令です」とのことだったので、残りたいとは言えない状況だった。
まさかの退避命令。そしてそのまま本帰国。
16年住んだタイとのお別れがこんな形になって悲しい。
施設にあげようと思っていたものも、この状況では、引き渡すのも困難。誰かに譲ろうにも、みんな避難してしまってアパートに残っているのはうちを含め、3家族。仕方ない。おもちゃは残った人に、ほしいものを選んでもらい、あとは買取屋さんを呼んで持っていってもらおう。
幸い、買い取り屋さんも連絡がつき、1時半に来てくれることに。午前中から2家族におもちゃの選別をしてもらい、1時半から買い取り屋。そのあと唯一残っていた幼稚園関係の人にもおもちゃやキーボードなどを持っていってもらい、幼稚園の制服や、ねんど、色鉛筆など、幼稚園で使えそうなものを託した。
整理できなかったものは、そのままアパートの人に託す。あまりにあまりの帰国劇なので、主人もさすがに「またタイに来ていいよ」と言ってくれたので、また整理しに戻ってこようと思ってます。
いままでの一生の中で、最高に忙しい日だった。
それが、タイでの最後の1日なんて、あまりにも悲しすぎる・・・。
*整理が間にあわないまま帰国したので、きっと忘れ物が多数。今、メールや電話でやりとりしてますが、主人はもともと「捨てまくる人」なので、すべてきれいさっぱり捨て去られることでしょう。残念。
5月の赤シャツ騒動のとき、会社から帰るように言われ、あと少し任期が残っていた人がそのまま本帰国になった、という話を聞いたことがあって、「かわいそうに。運が悪かったんだなぁ」なんて思っていたけれど、まさかそれが自分の身に降りかかってくるとは・・・。
茫然自失。
しばらく立ち直れそうにありません。
急転直下、主人の所属先から、扶養家族の避難命令が出て、28日夜便で帰国しました。
27日のお昼ごろ、「検討に入った」旨の連絡があり、その日のうちに、「最短で28日の夜便で帰国してください」と言われました。
・・・ショック! あと任期9日を残しての帰国。一時帰国中に任期が切れるので、そのまま本帰国ということになるのだそう。
船便はぎりぎりいっぱい出せたものの、誰かに譲ろうと思っていたものや、施設に寄付しようと思っていたおもちゃなどの整理、処分がまだまだ・・・。
それに、篭城にそなえて備蓄した水・米・非常食等々・・・。どないすんねん!
日本出張から戻った主人が再度確認したときも、「命令です」とのことだったので、残りたいとは言えない状況だった。
まさかの退避命令。そしてそのまま本帰国。
16年住んだタイとのお別れがこんな形になって悲しい。
施設にあげようと思っていたものも、この状況では、引き渡すのも困難。誰かに譲ろうにも、みんな避難してしまってアパートに残っているのはうちを含め、3家族。仕方ない。おもちゃは残った人に、ほしいものを選んでもらい、あとは買取屋さんを呼んで持っていってもらおう。
幸い、買い取り屋さんも連絡がつき、1時半に来てくれることに。午前中から2家族におもちゃの選別をしてもらい、1時半から買い取り屋。そのあと唯一残っていた幼稚園関係の人にもおもちゃやキーボードなどを持っていってもらい、幼稚園の制服や、ねんど、色鉛筆など、幼稚園で使えそうなものを託した。
整理できなかったものは、そのままアパートの人に託す。あまりにあまりの帰国劇なので、主人もさすがに「またタイに来ていいよ」と言ってくれたので、また整理しに戻ってこようと思ってます。
いままでの一生の中で、最高に忙しい日だった。
それが、タイでの最後の1日なんて、あまりにも悲しすぎる・・・。
*整理が間にあわないまま帰国したので、きっと忘れ物が多数。今、メールや電話でやりとりしてますが、主人はもともと「捨てまくる人」なので、すべてきれいさっぱり捨て去られることでしょう。残念。
5月の赤シャツ騒動のとき、会社から帰るように言われ、あと少し任期が残っていた人がそのまま本帰国になった、という話を聞いたことがあって、「かわいそうに。運が悪かったんだなぁ」なんて思っていたけれど、まさかそれが自分の身に降りかかってくるとは・・・。
茫然自失。
しばらく立ち直れそうにありません。
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今日のスクムビット界隈
娘の幼稚園は、通常通り。朝、送りに行ったとき、まばらなんじゃないか?と思っていましたが、結構来てました。タイ人、西洋人は普通に来てましたね。日本人はちらほら休んでいましたが。
しかし、政府発表を受けて、27日・木曜から31日・月曜までクローズするとのことでした。せっかく準備していたハロウィンも今年はなしということで、副園長先生も残念そうでした。
日本人学校は、10月いっぱいはお休みだそうで、それにならって日系の幼稚園も休みになるようです(今日、半日だけのところもあり)。
10時ごろ、もう少し食料品を買い足そうと、フジ・スーパーへ。野菜、肉、魚、乳製品、果物は普段どおりありましたが、水はエビアンが少し(お昼頃、行った人の話では、ローカルメーカーのものがあったそう)。 米や、トイレットペーパーは普段とは違うブランドのものが置いてありました。今のところ、一部製品を除いて、流通には問題なさそうです。
道路は、空いている感じ。高所に車を避難させた人が多いのか?
おととい、きのうあたりから、日本に帰る人続出で、送別会も軒並みキャンセル。電話でバイバイの人、多数。
こんな形でお別れするとは思ってもみなかった。
アパートを出るときから、文字通り「船便」になるんじゃないか、と心配していた船便(29日予定)、明日に前倒しすることができ、なんとか家からは荷物を出せそう。そのあと、無事についてくれるかしら? 港が使えなくなったら、どこかに留め置かれることになるのでしょうか?? ま、とにかく荷物さえ出せれば、あとは運送会社がなんとかしてくれるでしょう。
よくわからないなりにタイのテレビをつけていますが、パトムタニ県?で、ワニが捕まったとか、感電して人が亡くなった(タイでは遺体も平気で映します)などのニュースが流れています。
1日中、洪水のニュースか?というと、そうでもなく、ムエタイや、ドラマなんかもやってます。ま、今、洪水の被害のないところもありますし、全国放送だから、当然か。
日本の報道で、(うちはNHKだけ)工業団地の浸水とか、ドゥシットの浸水とかをやっていましたが、スクムビットは、まだ1ミリも水は出ていません。
しかし、最悪のケースで、「1メートル、4週間」という想定もあるそうなので、水、米、日持ちする食料の備蓄はしとくように、とだんなに言われました。帰国が秒読みの段階で、買いだめもしたくないのですが、そうも言ってられません。
そう言っただんなさんは、今日から27日まで、日本出張!(大笑)。さよーならー・・・。
母子ふたりで、がんばりま〜す!
しかし、政府発表を受けて、27日・木曜から31日・月曜までクローズするとのことでした。せっかく準備していたハロウィンも今年はなしということで、副園長先生も残念そうでした。
日本人学校は、10月いっぱいはお休みだそうで、それにならって日系の幼稚園も休みになるようです(今日、半日だけのところもあり)。
10時ごろ、もう少し食料品を買い足そうと、フジ・スーパーへ。野菜、肉、魚、乳製品、果物は普段どおりありましたが、水はエビアンが少し(お昼頃、行った人の話では、ローカルメーカーのものがあったそう)。 米や、トイレットペーパーは普段とは違うブランドのものが置いてありました。今のところ、一部製品を除いて、流通には問題なさそうです。
道路は、空いている感じ。高所に車を避難させた人が多いのか?
おととい、きのうあたりから、日本に帰る人続出で、送別会も軒並みキャンセル。電話でバイバイの人、多数。
こんな形でお別れするとは思ってもみなかった。
アパートを出るときから、文字通り「船便」になるんじゃないか、と心配していた船便(29日予定)、明日に前倒しすることができ、なんとか家からは荷物を出せそう。そのあと、無事についてくれるかしら? 港が使えなくなったら、どこかに留め置かれることになるのでしょうか?? ま、とにかく荷物さえ出せれば、あとは運送会社がなんとかしてくれるでしょう。
よくわからないなりにタイのテレビをつけていますが、パトムタニ県?で、ワニが捕まったとか、感電して人が亡くなった(タイでは遺体も平気で映します)などのニュースが流れています。
1日中、洪水のニュースか?というと、そうでもなく、ムエタイや、ドラマなんかもやってます。ま、今、洪水の被害のないところもありますし、全国放送だから、当然か。
日本の報道で、(うちはNHKだけ)工業団地の浸水とか、ドゥシットの浸水とかをやっていましたが、スクムビットは、まだ1ミリも水は出ていません。
しかし、最悪のケースで、「1メートル、4週間」という想定もあるそうなので、水、米、日持ちする食料の備蓄はしとくように、とだんなに言われました。帰国が秒読みの段階で、買いだめもしたくないのですが、そうも言ってられません。
そう言っただんなさんは、今日から27日まで、日本出張!(大笑)。さよーならー・・・。
母子ふたりで、がんばりま〜す!
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洪水は?
今日、ドゥシット地区が浸水したとネットで見ました。運河やチャオプラヤ川の防水堤が一部決壊したそうです。
私は特別な情報ソースを持っていないので、一般的な情報のみです。
19日に、アパートから1家族帰国。21日、1家族がパタヤに避難。今日、お友達1家族がシーラチャーに避難していると聞きました。夜になって、カセットコンロとボンベを「念のために」と貸してくれていた方が火曜日に一時帰国するということでした。
・・・と、結構まわりの人たちが国外・国内に避難を始めているようです。
「大丈夫!」と言っていたアパートのオーナーも、20日に1階にある子供の遊具を片付け出しました。そして、今日の午後には、ついに土嚢を積み出しました。
・・・う〜ん。やっぱり来るのかな?
今、ぎりぎりいっぱいで防いでいるようだけど、また29日が満潮になるらしく、水が海に流せなければ、やっぱりバンコクの洪水は避けられないのでしょうか。
晩ごはんを外に食べにいって、スーパーに寄ったら、「水は、1家族、1日3パックまで」という張り紙がしてある棚に、水はありませんでした。そのあと3軒まわりましたが、水は売り切れ。それと、ゴミ袋も売り切れてました。浸水したときに、衣類などが水に濡れないようにするためにと購入したようです。
本帰国前にこんなことになって、送別会もできるかどうかわからない状況。お別れをいえないまま日本に帰国・・・ということになるかもしれません。
なんだかなぁ・・・。
船便は29日の予定だけど、大丈夫だろうか? うちのアパートを出る時点で、文字通り「船便」・・・なんてことになりませんように。
私は特別な情報ソースを持っていないので、一般的な情報のみです。
19日に、アパートから1家族帰国。21日、1家族がパタヤに避難。今日、お友達1家族がシーラチャーに避難していると聞きました。夜になって、カセットコンロとボンベを「念のために」と貸してくれていた方が火曜日に一時帰国するということでした。
・・・と、結構まわりの人たちが国外・国内に避難を始めているようです。
「大丈夫!」と言っていたアパートのオーナーも、20日に1階にある子供の遊具を片付け出しました。そして、今日の午後には、ついに土嚢を積み出しました。
・・・う〜ん。やっぱり来るのかな?
今、ぎりぎりいっぱいで防いでいるようだけど、また29日が満潮になるらしく、水が海に流せなければ、やっぱりバンコクの洪水は避けられないのでしょうか。
晩ごはんを外に食べにいって、スーパーに寄ったら、「水は、1家族、1日3パックまで」という張り紙がしてある棚に、水はありませんでした。そのあと3軒まわりましたが、水は売り切れ。それと、ゴミ袋も売り切れてました。浸水したときに、衣類などが水に濡れないようにするためにと購入したようです。
本帰国前にこんなことになって、送別会もできるかどうかわからない状況。お別れをいえないまま日本に帰国・・・ということになるかもしれません。
なんだかなぁ・・・。
船便は29日の予定だけど、大丈夫だろうか? うちのアパートを出る時点で、文字通り「船便」・・・なんてことになりませんように。
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気分転換(現実逃避)
今週、姫の幼稚園は1週間のミッド・ターム・ブレイクです。
実は我が家は11月に本帰国。今、引越し準備の真っ最中なのです。
日頃の整理の悪さ&9年(今回の赴任期間)の長きに渡るタイ生活&捨てられない性格のため、家の中は雑然としており、持って帰るもの・譲るもの・捨てるものの仕分けが大変!!
ってことで、気分転換(現実逃避ともいう)に、ブログを書いてます。←だんなに叱られそう・・・。
先週末に引越し業者に見積もりをしてもらう、ということで、だんなには「業者が来る前に、仕分けしとけ!」といわれ、娘の誕生会のあと、一生懸命仕分けしました。(一般的には、普通に生活してる状態で、見積もりしてもらうみたいですが)
が、「捨てられない性格」の私にはものすごいストレスです。
かたや、だんなは、ぽいぽい捨てられる人。もめるのは必至です。
で、予想通り、もめてます(笑)。
あんなに物に愛着がわかない人は、ある意味幸せですね。私は物に愛着を持ってしまうので(執着ではないと、本人は思っているのですが)、捨てられないんです・・・。
思えば、高校卒業するまで引越しの経験もなく、うちの母もずぼらな人で、物を整理する習慣?のなかった我が家では、そういう訓練ができなかったというのもあるかもしれません。
まだ使えるものを、使ってくれる人に、喜んで使ってもらえれば、物にとってもそのほうが幸せ、というのはよくわかります。うちにあっても、使われないで朽ちていくよりは、そのほうがよっぽどいいに決まっている。
でも。
思い出があるんです。
特に、娘が小さかった頃のものは。
このベッド・メリーをぶんぶんまわしていたなぁ・・・とか、この服を着てた日に、はじめて歩いたんだよなぁ・・・とか、キティちゃんの買い物ごっこ、よく一緒にしたなぁ・・・とか。。。
あと、幼稚園や家で描いた絵とか作品。紙のきれっぱしに、まだ幼い字で(ときどき鏡文字で)「ままのこと だいすき
」なんて、書いてあった日には、あなた・・・。
捨てられません(涙)。
船便を出すその日まで、この葛藤は続きそうです。。。
実は我が家は11月に本帰国。今、引越し準備の真っ最中なのです。
日頃の整理の悪さ&9年(今回の赴任期間)の長きに渡るタイ生活&捨てられない性格のため、家の中は雑然としており、持って帰るもの・譲るもの・捨てるものの仕分けが大変!!
ってことで、気分転換(現実逃避ともいう)に、ブログを書いてます。←だんなに叱られそう・・・。
先週末に引越し業者に見積もりをしてもらう、ということで、だんなには「業者が来る前に、仕分けしとけ!」といわれ、娘の誕生会のあと、一生懸命仕分けしました。(一般的には、普通に生活してる状態で、見積もりしてもらうみたいですが)
が、「捨てられない性格」の私にはものすごいストレスです。
かたや、だんなは、ぽいぽい捨てられる人。もめるのは必至です。
で、予想通り、もめてます(笑)。
あんなに物に愛着がわかない人は、ある意味幸せですね。私は物に愛着を持ってしまうので(執着ではないと、本人は思っているのですが)、捨てられないんです・・・。
思えば、高校卒業するまで引越しの経験もなく、うちの母もずぼらな人で、物を整理する習慣?のなかった我が家では、そういう訓練ができなかったというのもあるかもしれません。
まだ使えるものを、使ってくれる人に、喜んで使ってもらえれば、物にとってもそのほうが幸せ、というのはよくわかります。うちにあっても、使われないで朽ちていくよりは、そのほうがよっぽどいいに決まっている。
でも。
思い出があるんです。
特に、娘が小さかった頃のものは。
このベッド・メリーをぶんぶんまわしていたなぁ・・・とか、この服を着てた日に、はじめて歩いたんだよなぁ・・・とか、キティちゃんの買い物ごっこ、よく一緒にしたなぁ・・・とか。。。
あと、幼稚園や家で描いた絵とか作品。紙のきれっぱしに、まだ幼い字で(ときどき鏡文字で)「ままのこと だいすき
」なんて、書いてあった日には、あなた・・・。捨てられません(涙)。
船便を出すその日まで、この葛藤は続きそうです。。。
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いまのところ
今日も、うちの幼稚園は通常通りありました。
途中で「迎えに来い!」というメールが入るんじゃないかとドキドキしましたが、無事、幼稚園を終えてさっき帰ってきました。
タクシーの運転手さんや、病院の看護婦さんなど、会う人会う人、「ほんとに洪水になるのかな? 大丈夫かしら?」と聞いてみましたが、押しなべて「大丈夫よぉ! 浸かっても少しでしょう」という楽観的な返事が返ってきました。
買いだめをしている日本人の感覚とはちょっと違う感じです。日本人は、大使館からのメールやアユタヤ方面の工場の話を聞いて、危機感を持った人が多いようですね。
お昼頃、移動しようとしたら、すごい雨が降ってきて、ものすごい不安に駆られました。「もし、このままこの勢いで降りつづけたら、やばいんじゃ・・・」という思いがよぎりました。
お友達の車で移動したのですが、大使館情報(バンコクの水道局から?)のソイ39-49というよりも、39のオペラのあたりから、スクムビットと平行に走る内ソイ、アピシットの家あたりに、結構水が出てました。この辺はすぐ水が出るので、いつもどおりといえばいつもどおりです。ソイ23に抜けるほうまで浸かっていましたが(車は走れる程度)、31はちょっと高くなっているらしく、大丈夫でした。
家に帰る途中、26から34に抜ける道の途中も冠水してましたが、これもちょっと大雨が降ったときと同じ程度。車はゆっくり走行してました。
お昼時の雨はすっかり上がって、今はお日様が出ています。
私の生活圏内は、いまのところこんな感じです。
途中で「迎えに来い!」というメールが入るんじゃないかとドキドキしましたが、無事、幼稚園を終えてさっき帰ってきました。
タクシーの運転手さんや、病院の看護婦さんなど、会う人会う人、「ほんとに洪水になるのかな? 大丈夫かしら?」と聞いてみましたが、押しなべて「大丈夫よぉ! 浸かっても少しでしょう」という楽観的な返事が返ってきました。
買いだめをしている日本人の感覚とはちょっと違う感じです。日本人は、大使館からのメールやアユタヤ方面の工場の話を聞いて、危機感を持った人が多いようですね。
お昼頃、移動しようとしたら、すごい雨が降ってきて、ものすごい不安に駆られました。「もし、このままこの勢いで降りつづけたら、やばいんじゃ・・・」という思いがよぎりました。
お友達の車で移動したのですが、大使館情報(バンコクの水道局から?)のソイ39-49というよりも、39のオペラのあたりから、スクムビットと平行に走る内ソイ、アピシットの家あたりに、結構水が出てました。この辺はすぐ水が出るので、いつもどおりといえばいつもどおりです。ソイ23に抜けるほうまで浸かっていましたが(車は走れる程度)、31はちょっと高くなっているらしく、大丈夫でした。
家に帰る途中、26から34に抜ける道の途中も冠水してましたが、これもちょっと大雨が降ったときと同じ程度。車はゆっくり走行してました。
お昼時の雨はすっかり上がって、今はお日様が出ています。
私の生活圏内は、いまのところこんな感じです。
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洪水がやってくる??
きのう、日本でタイの洪水のニュースが報道されたらしく、「大丈夫か?」というメールを何件かいただきました。
タイのニュースでも、バンコクの北のアユタヤや、パトムタニが水没している映像が流れています。今回の洪水ですでに250人ぐらいの死者が出ているそうです。
11日月曜日に、幼稚園の誕生会の小さいプレゼントが足りないことがわかり(幼稚園のスタッフに確認したのに、クラスメートの男女の数が違っていた!)、またまたプラチナム・ファッション・モールに行くと、
こんなことになってました。↓

ここは運河に近いので、水が出やすいのかも。しかし、あの汚い運河の水があふれたら・・・と思うとぞっとする。
これをみて、これはホントにやばいかも・・・と思ったのでした。
日本人の奥さんたちも、ご主人から「水を買っとけ」「缶詰を買っとけ」という指示があったらしく、お昼頃、日系のスーパーに寄ると、普段よりお客さんが多く、一部の缶詰はありませんでした。
そのあと、スーパーに行っても、水がないとか、カップラーメンがない、とか、いろいろ聞くようになりました。
きのう12日、13日から日本人学校が3日間休校することになり、いくつかの日系の幼稚園もそれにあわせるように閉園。(うちは普通にありましたが)
なんか、やっぱり、やばいかも・・・。
アユタヤ近くの工業団地はあっという間に3メートル水没したそうで、ひたひたと冠水するという感じではなく、津波のようだった、と言ってました。(何日の話かはわかりませんが)ゴルフ場にいたご主人が「今日はもうこれでクローズします」といわれ、シャワーも浴びずに帰ってきた・・・等々、いろんな話を聞きます。
今日、ソイ39の真ん中あたりのマンション、お店の前にも土嚢が置かれていました。39は低く、ちょっと雨が降っても冠水するので、一番に水がたまってしまうのでしょう。
昨日、お友達のアパートに行ったら、エレベータに防水用の板が張られていた。そして1人乗りの舟を洗っていた!との情報。水が出たら、その舟で買出しとかに行くのかな? BTSまで行ってくれるのかな??(笑)なんて話をしてました。舟はスタンバイOKの状態らしいです。
16日の大潮や、台風(低気圧)の通過予定など不安材料もあります。
食料を備蓄しても、停電したらおしまいだし・・・。でもタイ人は、水がたまってもひざぐらいなら大丈夫(停電しない)と言ってました。
うちのアパートのオーナーに聞いたら、「たぶんバンコクは大丈夫。うちのアパートは道路より高いから平気。停電しないようにアパートの発電機もきちんと整備してる。みんなに心配しないで、と言っておいて」ということでした。
いろんな情報、噂が飛び交っていますが、洪水にならないで、無事に週末を迎えられるよう祈っています。
タイのニュースでも、バンコクの北のアユタヤや、パトムタニが水没している映像が流れています。今回の洪水ですでに250人ぐらいの死者が出ているそうです。
11日月曜日に、幼稚園の誕生会の小さいプレゼントが足りないことがわかり(幼稚園のスタッフに確認したのに、クラスメートの男女の数が違っていた!)、またまたプラチナム・ファッション・モールに行くと、
こんなことになってました。↓

ここは運河に近いので、水が出やすいのかも。しかし、あの汚い運河の水があふれたら・・・と思うとぞっとする。
これをみて、これはホントにやばいかも・・・と思ったのでした。
日本人の奥さんたちも、ご主人から「水を買っとけ」「缶詰を買っとけ」という指示があったらしく、お昼頃、日系のスーパーに寄ると、普段よりお客さんが多く、一部の缶詰はありませんでした。
そのあと、スーパーに行っても、水がないとか、カップラーメンがない、とか、いろいろ聞くようになりました。
きのう12日、13日から日本人学校が3日間休校することになり、いくつかの日系の幼稚園もそれにあわせるように閉園。(うちは普通にありましたが)
なんか、やっぱり、やばいかも・・・。
アユタヤ近くの工業団地はあっという間に3メートル水没したそうで、ひたひたと冠水するという感じではなく、津波のようだった、と言ってました。(何日の話かはわかりませんが)ゴルフ場にいたご主人が「今日はもうこれでクローズします」といわれ、シャワーも浴びずに帰ってきた・・・等々、いろんな話を聞きます。
今日、ソイ39の真ん中あたりのマンション、お店の前にも土嚢が置かれていました。39は低く、ちょっと雨が降っても冠水するので、一番に水がたまってしまうのでしょう。
昨日、お友達のアパートに行ったら、エレベータに防水用の板が張られていた。そして1人乗りの舟を洗っていた!との情報。水が出たら、その舟で買出しとかに行くのかな? BTSまで行ってくれるのかな??(笑)なんて話をしてました。舟はスタンバイOKの状態らしいです。
16日の大潮や、台風(低気圧)の通過予定など不安材料もあります。
食料を備蓄しても、停電したらおしまいだし・・・。でもタイ人は、水がたまってもひざぐらいなら大丈夫(停電しない)と言ってました。
うちのアパートのオーナーに聞いたら、「たぶんバンコクは大丈夫。うちのアパートは道路より高いから平気。停電しないようにアパートの発電機もきちんと整備してる。みんなに心配しないで、と言っておいて」ということでした。
いろんな情報、噂が飛び交っていますが、洪水にならないで、無事に週末を迎えられるよう祈っています。
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パーティー準備
今週土曜日は、我が娘の6歳の誕生日です。
おととし、去年とリトル・ジムでやって楽しかったと思うので、「今年もリトル・ジムでやる?」と聞いたのですが、娘がどうしても
「おうちでハッピー・バースデーしたい!!」と言いだしました。
リトル・ジムだと、その時間に行って、お菓子、ケーキ、飲み物、お返しのプレゼントを用意すればいいし、1時間半でピタッと終わるので、親的には、楽なのです。
だから「リトル・ジムにしようよ。ねっ? ねっ!」と説得してみたのですが、姫の意思は変わらず・・・。
「ここで、マージックでしょ・・・。それから、ここでフェイス・ペインティングで・・・。あ、それから、バーンってやるやつ(←ピナータのことです)はここで・・・」と部屋を見回しながら、小さな頭で、いろいろ考えている姿を見ると、なんだかいじらしくなって、おもわず「いいよ」と言ってしまいました。
本帰国前の超忙しいときなのですが、日本に帰ったらお誕生会もしないだろうということで、自宅でお誕生会をすることにしました。
さて、自宅でするとなると、準備が大変です。
マジック・ショー
まず、来てもらった人に楽しんでもらいたい・・・と思うと、ただ食べてしゃべって・・・というだけじゃあなぁ・・・と思うので、イベント屋さんを呼ぶことにしました。娘も『自宅でお誕生会=マジック・ショー』と思っているみたいなので、今回も同じお姉さん達を呼ぶことに。娘のお友達のお誕生会で、何回か呼んでいるので、目新しくはないのですが、娘のたっての希望なので、希望をかなえてあげることにしました。
MISS HALLENNA
Lady Magician Show & Balloon Show
Games, Cartoon Mascot, Face Painting
02-903-5114, 081-448-1116
e-mail: hallenna_magician@hotmail.com
http:// hallenna-magician.hi5.com
*ご参考 エンドウの誕生日:マジック・ショー
もちろん、お金をかけずとも、楽しんでもらう方法はあるのでしょうけれど。芸がないので・・・。
パーティー飾り
それから、家の飾り。折り紙で手作りもいいかな、と思ったのですが、忙しいので、パーティー・グッズの店で買うことに。旗やバーナーなど、最低限だけ。しかし、壁にセロハンテープはまずいんじゃないか(はがすときに、塗料がはがれる心配がある)と、だんなにいわれ、飾りつけはまだ途中。なんとかしないと。

ここが、そのお店。39から49に抜けるソイ・プロンミットの真ん中あたり。麦半の近くです。

季節柄、ハロウィン・グッズがいっぱい。
Pinata 12/5 Soi Prommitr Sukhumvit Soi 39
Tel:02-259-7067 Fax:02-662-7971
info@pinatapartyplace.com
ピナータ
ピナータって、メキシコとかスペインの習慣なんでしょうか。パーティーの最後にお菓子をつめた張りぼて?を破ってお菓子をばらまき、子供達が大騒ぎして拾い集める、というもの。で、その破り方なんですが、ほとんど「たたく」バージョンで、その形が動物だったりすると、とても心が痛む代物なのです。でも、お店で聞いてみると「紐をひっぱる」バージョンもあるとのことだったので、迷わずそちらを選択。(そういえば、ひっぱるバージョンも2回ぐらいやりました)

上記のピナータ(お店)で見たら、1000〜1300バーツだったので、エンポリ5階のメキシコ料理の店の隅っこで購入。750バーツでした。

出番を待つぞうさん。耳の後ろにお菓子を入れるところがあります。
おかえし
パーティーに来てくれた人に、お返しとして渡す小さなプレゼントを用意。ヤワラートまで行くのは遠いし、暑い!ので、私は、大量に必要なときは、ここを利用しています。BTSで行けるし、暑くないのがいいです。3つ買うと安くなるので(whole saleというのですね)、3の倍数で買います。

ここも季節柄、ハロウィン・グッズが。
Sun Star(古いほうのプラチナム・ファッションモール 5F) Tel:02-121-9277 Fax:02-121-9278
あとは、お菓子や飲み物、ケーキなどを用意するだけ。
ようし、先が見えてきたぞ。お誕生会まで、もう少し!
「ねぇ、ママぁ。あとどーぐらい寝たら、Mちゃんの誕生日?」と何ヶ月!も前から言っていた娘。
子供って、本当に寝る数で、日にちを数えるんですよね。
Mちゃん。あと、4つだね。
おととし、去年とリトル・ジムでやって楽しかったと思うので、「今年もリトル・ジムでやる?」と聞いたのですが、娘がどうしても
「おうちでハッピー・バースデーしたい!!」と言いだしました。
リトル・ジムだと、その時間に行って、お菓子、ケーキ、飲み物、お返しのプレゼントを用意すればいいし、1時間半でピタッと終わるので、親的には、楽なのです。
だから「リトル・ジムにしようよ。ねっ? ねっ!」と説得してみたのですが、姫の意思は変わらず・・・。
「ここで、マージックでしょ・・・。それから、ここでフェイス・ペインティングで・・・。あ、それから、バーンってやるやつ(←ピナータのことです)はここで・・・」と部屋を見回しながら、小さな頭で、いろいろ考えている姿を見ると、なんだかいじらしくなって、おもわず「いいよ」と言ってしまいました。
本帰国前の超忙しいときなのですが、日本に帰ったらお誕生会もしないだろうということで、自宅でお誕生会をすることにしました。
さて、自宅でするとなると、準備が大変です。
マジック・ショー
まず、来てもらった人に楽しんでもらいたい・・・と思うと、ただ食べてしゃべって・・・というだけじゃあなぁ・・・と思うので、イベント屋さんを呼ぶことにしました。娘も『自宅でお誕生会=マジック・ショー』と思っているみたいなので、今回も同じお姉さん達を呼ぶことに。娘のお友達のお誕生会で、何回か呼んでいるので、目新しくはないのですが、娘のたっての希望なので、希望をかなえてあげることにしました。
MISS HALLENNA
Lady Magician Show & Balloon Show
Games, Cartoon Mascot, Face Painting
02-903-5114, 081-448-1116
e-mail: hallenna_magician@hotmail.com
http:// hallenna-magician.hi5.com
*ご参考 エンドウの誕生日:マジック・ショー
もちろん、お金をかけずとも、楽しんでもらう方法はあるのでしょうけれど。芸がないので・・・。
パーティー飾り
それから、家の飾り。折り紙で手作りもいいかな、と思ったのですが、忙しいので、パーティー・グッズの店で買うことに。旗やバーナーなど、最低限だけ。しかし、壁にセロハンテープはまずいんじゃないか(はがすときに、塗料がはがれる心配がある)と、だんなにいわれ、飾りつけはまだ途中。なんとかしないと。

ここが、そのお店。39から49に抜けるソイ・プロンミットの真ん中あたり。麦半の近くです。

季節柄、ハロウィン・グッズがいっぱい。
Pinata 12/5 Soi Prommitr Sukhumvit Soi 39
Tel:02-259-7067 Fax:02-662-7971
info@pinatapartyplace.com
ピナータ
ピナータって、メキシコとかスペインの習慣なんでしょうか。パーティーの最後にお菓子をつめた張りぼて?を破ってお菓子をばらまき、子供達が大騒ぎして拾い集める、というもの。で、その破り方なんですが、ほとんど「たたく」バージョンで、その形が動物だったりすると、とても心が痛む代物なのです。でも、お店で聞いてみると「紐をひっぱる」バージョンもあるとのことだったので、迷わずそちらを選択。(そういえば、ひっぱるバージョンも2回ぐらいやりました)

上記のピナータ(お店)で見たら、1000〜1300バーツだったので、エンポリ5階のメキシコ料理の店の隅っこで購入。750バーツでした。

出番を待つぞうさん。耳の後ろにお菓子を入れるところがあります。
おかえし
パーティーに来てくれた人に、お返しとして渡す小さなプレゼントを用意。ヤワラートまで行くのは遠いし、暑い!ので、私は、大量に必要なときは、ここを利用しています。BTSで行けるし、暑くないのがいいです。3つ買うと安くなるので(whole saleというのですね)、3の倍数で買います。

ここも季節柄、ハロウィン・グッズが。
Sun Star(古いほうのプラチナム・ファッションモール 5F) Tel:02-121-9277 Fax:02-121-9278
あとは、お菓子や飲み物、ケーキなどを用意するだけ。
ようし、先が見えてきたぞ。お誕生会まで、もう少し!
「ねぇ、ママぁ。あとどーぐらい寝たら、Mちゃんの誕生日?」と何ヶ月!も前から言っていた娘。
子供って、本当に寝る数で、日にちを数えるんですよね。
Mちゃん。あと、4つだね。
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